2011年03月19日

四分の三 十五夜

友人の誕生日。
なんと声をかけたらいいのやら、となかば迷いながら、お祝いを一言送ったら
すぱっとお返事がきた。

返事の中で、今年いちばん大きな満月だよ、と教えてくれた。
調べたら、今夜〜明日にかけてが、十五夜らしい。

帰り道は曇ってたけど、、あれ、向かいの屋根瓦が光ってる。
見たら月が照っていた。

明後日が春分の日。
私は、昨年の夏至から、暦を数えてる。
秋が来て、冬が来て、春。そして、、
夜より昼が長くなっていく、地球にとっては、夏の時期だ(あくまで、私の解釈だけど)。

感覚的なものだけど、私自身、季節柄なのか、前進する力の強くなる時期。
ときに、周りに後押しされたり、盲目的に飛び込んだりしながら。

なんだか今日は、月の力におされてか、
夏を前に、ニュートラルに近い状態に、なれている。
ような気がする。

正しいかどうかなんて、わからないけど、とりあえず、いい感覚。

好きなものは、好きだ。
それを、今は信じる。

今度はいったい、どんな夏だろう。

不安でも、焦りでも、なく
覚悟で、アクセルを踏み、ドライブをしよう。

だから、ゆっくり、深呼吸して、
脱力開心、です。

満月が願いを叶えるかなんて、わからないけど、
きっと明るい夜は、歌ったり踊ったりして、祈っただろう。

だから、みんなの願いが、叶うように、
満月に歌います。

私の大好きな、十五夜を、深呼吸と一緒に歌ってみよう。
posted by かわら at 23:52| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

Angel

作詞作曲:あらたひろし

包み込むつもりが この掌は君の翼を握りつぶしてた
自問自答してたよ 君を救えなかった僕に
新しい翼で 羽ばたく君
僕はそれを 見つめるだけさ

君の旅立ちに エールを送るよ
悲しみが強さに 変わる日が来るように
君の旅立ちに エールを送るよ
瞳の中のともし火に やさしい明りがともるように

強がる瞳に 悲しみの色見つけられずにいたよ
深い深い暗がりで 寒さに震えてたはずの影を
新しい翼で 羽ばたく君
僕はそれを 見つめるだけさ

君の旅立ちに エールを送るよ
悲しみが強さに 変わる日が来るように
君の旅立ちに エールを送るよ
瞳の中のともし火に やさしい明りがともるように

君にしかできない 君だけの人生
心のまま 風吹くまま 回り続ける地球の上で

君の旅立ちに エールを送るよ
悲しみが強さに 変わる日が来るように
君の旅立ちに エールを送るよ
瞳の中のともし火に やさしい明りがともるように
posted by かわら at 23:01| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

rain drop

作詞作曲:あらたひろし

乾いた大地は 永遠にひからびてやしないんだ
あぁ風が 雨雲を 連れてくるのさ
やがて 大地は動きだす さぁ始まるよ 僕らの今日が
君は 君のままで いいんだ

Rain Drop ひとしずくの雨が
Rain Drop すべての始まりさ
Rain Drop 大地の鼓動をよびさますよ

しおれた心は やさしさを 敏感に感じるよ
あぁ君の ささやきが しみこんでくる
世界は 鼓動を刻み始める そうさ 止まった秒針が動き出す
君にしかできないことなんだ

Tear Drop 枯れ果てたはずの
Tear Drop 泉がよみがえる
Tear Drop 胸の鼓動が高鳴るよ

あぁ 目をあけてごらん
僕は君を 必要としてるよ
そして 僕らは 微笑みあえるから

Rain Drop ひとしずくの雨が
Rain Drop すべての始まりさ
Rain Drop 大地の鼓動をよびさますよ

Tear Drop 枯れ果てたはずの
Tear Drop 泉がよみがえる
Tear Drop 胸の鼓動が高鳴るよ
posted by かわら at 12:19| Comment(1) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

小さな幸せを

今日はあらたひろしが家に来た。
なんとにわかに3曲ライヴ。
人見知りの母に、人見知る隙をあたえない。さすがである。

Rain drop。名曲。震災後から頭の中、エンドレスリピートなのだ。

みんなの大事なお父さんなのに、貴重な時間を割いて
幸せを毎日届けてくれる。
兄貴分に感謝です。


北海道から、日本最西端の島から。
全国各地や国外からも、
毎日、少しずつ連絡をもらって
少しずつ、元気をもらってる。

どうもありがとう。

今の自分は、なけなしの力で
自分のことだけで精いっぱいだけども
小さな幸せで なんだか元気になってきて、
よかったって思う。


先月作った、うちの庭のふきのとう味噌をちびちび食べ
昨年とれた、大豆を使って、カレーを作り(昆布入りです)。
台所は、自然の恵みから、幸せを感じる場所。

福島の本「Happy Island」(福=ハッピー、島=アイランド)を
友達が作ったんだけど、
「幸せを感じるとき」というような題材で写真を集めた本。
それに寄稿させてもらった写真も、うちの台所だった。

ささやかな幸せ
僕はわかちあっていきたい。
そういう気持ちに、動かしてくれた
みんなに感謝です。
posted by かわら at 22:31| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

今日は久しぶりに、あらたひろしと歌いました。
久しぶりって、言ったって、5日ぶりくらいなんですけど、
震災をはさんでるからかな!

呼吸が、声を出すことが、気持ちがよかったよ。
歌の力、音楽の力、大切です。
明日からも、気を楽に、少しずつ。
posted by かわら at 22:25| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

家の水が出始めました

携帯メールが、だいぶ通じるようになりました。
ちょこちょこ、励ましメッセージいただきます。
ありがとうございます。

余震も、まだあるけど減ってきました。

家の断水は緩和してきて、まだ風呂に入れるほどではないけど、たまに出てくれるし、
少しずつ復旧してきてる感じがします。
物の不足とかは続きそうだけれど、今のところ大丈夫です。

気を楽に、過ごしていこうと思います。
精神的に、励まし合っていきたいです。
皆さん、引き続きどうぞよろしくね。
posted by かわら at 20:45| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

ひとまず無事です

おおかわらゆかです。福島県郡山市の自宅より。
皆さん無事ですか?私の周りの人たちは、ひとまず大丈夫です。
大きなけがや事故はありません。

私の携帯(au)は、昨日からずっとメールも電話も不通でした。
先ほどようやくメールの受信ができました。
なんだかたくさんの方からメールが入っていました。
心配おかけしました。ご連絡いただきありがとうございます。

携帯は今もほとんどつながらない状態です。
パソコンのインターネットは使えて、パソコンならメールやmixiメッセージできます。
家電も通じますが、不安定です。

とりあえず状況としては、
家の水が止まってます。
知人が水を届けてくれたり、助けられてます。本当にありがとう。
郡山市内は、水が止まっているところが多いようです。

家は、ガスや電気は通っているので、暖はとれています。
食料も今のところあるし…大丈夫です!
家の近くで、目前の水分や食料に困っている人がいたら、遠慮なく連絡ください。

自宅はところどころ崩れてヒビは入ってますが、風穴はあいてないです。
家の中は棚のものがぐっちゃり落ちたり、ドアが開かなかったりですがそんなもんです。
余震はだいぶ減り、気持ちも落ち着いてきて、
今日は家の片づけをずっとしてます。

今は原発の爆発が気がかりですが、放射能はどうにもならんし、目前はとりあえず無事です!
posted by かわら at 17:27| Comment(4) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

いめーじのうた

今日は久しぶりにアカペラでうたいました。
といっても、リードボーカルでしたが…

ぴーなっつは、なにかと、私のコミュニティとつながるのだけど、
今日はKOE06〜08が、疾風を吹かせて、とおりすがってくれました。

とてもいい時間。
思いがけず。期待以上。

たまの休日の今日は、
近頃のストレスで、と思われる発疹が、身体のいたるところにでてくれて
(ストレスが溜め込まれずに、こうして症状になってくれるのは、ありがたいこと)
無理せずいたわろうと思いつつ
外で動いたほうがいいような気もして、彼らに会った。

ぴーなっつのメンバーに支えてもらい、混ざってもらいながら、
旅の歌い手たちと、みんなで、気持ちよく時間が過ごせた。

福島県内を、二泊三日で歌いまわり、フィールドワークをしてきた、彼ら。
ぴーなっつでも歌ってくれ、私もまざったのだけど
自分の中に、確かにKOEの血があると感じた。

卒業以来、KOEとは6年ぶりの、アカペラでの接触。

よみがえる血です。
大切な瞬間をありがとう。

自称表現者の私にとって、イメージがわくって、大切なことなのかなって思います。

ぐっとせまって、イメージできることがあります。
走り出したくなる瞬間です。

必要なタスクや、求める自分の役割を、
必死になってしぼりだそうとしてた。
一緒に仕事をする仲間に、求められているものも、そこにあるとおもって。

ちょっと、頑張りすぎていて、
ちょっとしたことも、ストレスや、不安になっていく。

そんな風な、今の自分の反応は、
正直な感じで、ある意味好ましいし、歓迎。
今までになかった感覚や感情で、振り回されもするし。
自己防衛が強い、この状態のままでは辛いな、ともおもう。

身動きとりづらいけど、
重たい今は今なりに、
じっと過ごしてみ。
ます

ほんとに今日は、いい風をありがとう。

私のいめーじのうたが、うたえますかね。
ちらりほらり。
posted by かわら at 21:54| Comment(1) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月22日

数日前の満月

月がとてもきれいで、散歩をした。

満月の散歩は、なんだか久しぶりのような…
たぶん数ヵ月前にはしているんだけど、
こういう時間を、私は日常にしてたいところがある。

近頃、畑、畑と言いはしても、自然とは距離のある生活をしている。
この頃の頭を使った、訓練のような日々は、地に足をつけるためのもの…そうもちろん思ってる。
そしてそんな日々に疑問も同時にあって、ただそれは自問の確認作業みたいなもので、今の道でよかったと思ってる。

なんだか、まわりくどくなったけど、
月をみて、月に歌う散歩は、自然を感じる大事な時間だった。

明日もいいエネルギーが巡りますように。
posted by かわら at 00:23| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

私利に執着できない強み

君のやりたいことは何?

私が言い出した、畑のプロジェクト。
サポステと組んで、利用者さんの体験受け入れも試験的に始まり、
今は改めて、「何のために」「どこへ向かうのか」
プロジェクトの目標地点や理想像について、
スタッフメンバーと話をしはじめたところ。

そこで近頃、周りからも問われ、自分自身でも問うこと。
君のやりたいことは何?

もともと、一人ではできなくて、仲間を集めて始めたプロジェクト。
私だけがやりたいことを実現するのではなく、
みんながやりたいことを持ち寄って、お互いの利になることをやりたい。

自分の利を追うのは、私にとって、とても苦手なことなんだ。

だから、君のやりたいことは?
と追究されると、頭の中は、「?」マークがたくさん。
なかなか言葉が出なかった。

でも、今日、ミーティング後に、友達と話していて、収穫があった。

競争を生まないビジネスの話。
(私にはじゅうぶんな説明ができず、語弊があるので、真に受けないでください)

自分の利益追究ではなくて、
(地域や社会)全体がよくなることを目指していく仕事が
あるし、作り出すことができる。

私は、私益でなく、公益を求めてるんだ、と思った。

自分の利益に頓着がなくて、それだけのためでは仕事の意味が見い出せず、
働く意欲も失っていく。

それは、裏を返せば、私益を求めず、公益を理由に働きたがる、ということで、
むしろ強みになるんだなと、おもえた。

全体にとっていいことを仕事にする一例、3万円ビジネスの話も、イメージがふくらんだ。

専門一つだけでなく、複合的にコンテンツを組み合わせることで、
仕事を、外部に対して開かれたものにしていく。
例えば、農業+デザイン、とか。

毎月、15万稼ぎたい人は、3万円ビジネスを5個やればいい。

私は…まず6万円+家庭菜園できたら、かなり上等だな。

構築段階の仕事で、「これからどうしていこう??」が続いてたから、
今日は久しぶりに、ピンとくる話をきけて、自分を肯定できて、
ちょっとすっきり。

そもそも、やりたいことって、
自分を肯定しないと、なかなか、出しづらいものかもね。
かといって、肯定しなきゃってことも、もちろんないけれど。

あと、近頃おもうのは、
自称表現者の私としては、
自分のやりたいこと、というより、
この一生で何を表現したいのか、と考えるだけで、
なんだか気が楽になるのだ。

失敗もしつつ、楽しんでいくぞ。

日ごろの、私のモヤモヤに関わってるみんなに、ありがとう、です。
普段縮こまってしまうから、
もっと愛を、楽にあらわせるようになりたいよ!

ほんとに、支えてくださってる皆さん、ありがとう。
posted by かわら at 23:08| Comment(2) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

ぶたと星守る犬

星守る犬

犬がもの欲しげに、じっと星を眺める姿から、
高望みをする人の比喩で使う言葉らしい。

このタイトルの漫画を、図書館で読んで

私は、星守る犬でいたいな、と思った。

かなわないかもしれないけど、大事に願い続けたいことって、ある。

究極言ったら、叶わなくても、いいとおもってる。
だけど、願っていたい。

自己矛盾ですか?
そういうことって、ないかなぁ?

私は、あると思うし、それを肯定していたい、と、今はおもってる。
そういう切実な祈りと同居していたい。


昨日、焼きカツなるものを食べる。
店で食べるうまい豚カツは、たぶん人生史上三度目くらいだ。

文句なしにいい店で、文句なしに、いいカツだったと思う。
でも無邪気に美味しく食べられない。

そんな自分を疑問におもいながら、食べる。

一度目の、確か中学生くらいのとき、父と食べたことを思い出す。

身に剰るものを食べてるなぁ。

そういうこと。

だけど、今日ここに来て、カツを食べているということは、今が、そういう時、ということ。
剰るも何もない。

ただ、身体が欲してるかどうかってこと。
たぶん、昨日は、身体はそこまで欲してなかったんだな。
一口食べたら、じゅうぶんだった。

最終的に食べたけど、申しわけなさも同居。

でも、ぶたさんに感謝した。
いっしょに食べた、野菜や米に感謝した。

今朝は、久しぶりに、気持ちのいい朝だった。
ぶたが自分の中に活きてるな!と感じた。

いい食事をしたよ。

ありがとう。

命の巡りが糧になることを実感するのは、農の根本、と、思います。
私には、その実感が、日々の大切な行為なんでしょうね。

二つ祈り。
ぶたと犬。
posted by かわら at 20:40| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月22日

大事にする

新しい勤め先に入って、3週目。
自分の息切れを感じています。

息切れというと、なんだか心配されそうですが、
私自身は、あ〜、よかった、と、安堵してます。

疲れて、力を抜き始めて、だんだん馴染んでいく。
それは安心、心地よい。
始まりの緊張感が、いつまでも続いたら、たまったもんじゃありません。

自分のペースや、自分のモードが、少しずつ楽に、職場で発揮していけたら。
とりあえず、今の私のスタートラインはそこです。

近頃、スタートラインを感じる場面に、繰り返し遭遇している気がします。

今のキーポイントは、自分と相手を信じることですね。


疲れているときも、大事にしたいものって、ある。
というか、疲れていても、大事なものを大切にできる、自分でありたいよ。と思う。

そう、息切れしたら、休息だ。
雨の満月に祈って、今日は早めに就寝です。
posted by かわら at 23:01| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

西風

北海道に住む友達が、ゆきむしが飛んで、もう冬だ、と。
どんな虫なんだろ。

雨が降り、澄んだ空気に、西の風。
もう冬だ。

小包を出すのを口実に、畑まで走る。

寒くなると、寝ている間に身体がこわばるようになる。
走ると身体が温まってほぐれて、筋肉がひろがり、調子の滞った部分もわかってくる。

これまではわりと(かっこつけもあって)、スピード感のある走りが好きだったけど、
この頃は、ゆっくり、ゆっくり。
走ったり歩いたり。

逢瀬川沿いのさくらの脇を
ひっそりとした階段を
大好きな坂道を。

幸せな思い出といっしょに。

気持ちいい
posted by かわら at 16:50| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

おにわマメ

庭の豆がいい感じです。

まき時期が同じなのに、育成段階が種類ごとに違っておもしろい。

黒千石はほぼ熟成して、葉もほとんど落ち、黒豆状態。
かおり枝豆も、それに次ぎ、大豆に。
でもまだ葉が落ちてないのも。

その次がくらかけ豆。
これは、枝豆になるのが遅かったけど、もう熟成が進んでて、青い期間が短かった感じ。

黒豆は、青い実が多く、熟成途中のものも。一部、葉が落ちはじめ。

納豆まめは、ほとんど青々とした枝豆状態。

みんなそれぞれ、いろんな地域から来た豆なんだな、という感じ。

昨年まいた、ひでん豆、黒豆は、たぶん同じ地域の地種で、
かおり枝豆も、会津のだから、今回みたいな差はあまり感じなかった。

黒千石は…たぶん北海道かな?もらったのは北海道。
くらかけは信州の豆
納豆まめは、山都の人からもらったけど、
寒い地域の豆ほど、熟成が早いとするなら、南方出身なのかもしれない。

とりあえず、庭は土がやせてるおかげか、やはり豆の付きがいい感じがします。
posted by かわら at 16:36| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月12日

日常、非日常は同じこと

久しぶりに?日記らしいことを。

一昨日の夜から、昨日にかけて、東京から郡山に来ていた友人を送りついでに、青春18時間旅に同伴。
贅沢をした。
目の高さのオリオン座、冬のはじまりハイウェイドライブ、
到着して幸せそうな顔が並ぶなか酔っ払いそのまま寝て、
起きて午前の暑い日差しの中散歩。
ランチで食べたココナツカレーフォーの鶏肉がうまかった。

帰って、今度は人生設計相談でパスタ屋へ。
夢が描けず苦悶するが、店はその名も、ミスター・ドリーム。。

して今日も少しずつ、生の日を積むのです。
posted by かわら at 12:27| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

はじまりの祈り

あるがままを、みる

それを、受け容れる

ひとつのおわり
ひとつのはじまり
posted by かわら at 09:12| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月06日

はじまりの朝

キンモクセイの香り、サルスベリの花。

僕のはじまりの朝を、とても素敵に、迎えてくれました。

秋の草花たちはやさしい。
小さくて、ささやかで。

畑にいってゆるむ身体。
ゆっくり、ゆっくり、呼吸をして、対話をして
私の心を、安らぐところとなるように、育てていこう。

少しずつ、少しずつ。
posted by かわら at 08:47| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

他者との間の本当の孤独

他者との間の、本当の孤独。

自分の中に、もう一人の自分がいる、というフレーズは
誰しも、たまに耳にするのではないか。

かみさまは、自分自身の中にいる、とか
神は詳細に宿る、とかも、
わりと近いことをあらわす言葉と、とらえることができるのでは、と私はおもう。

数日前から、きっかけがあって、
私は、自分のたましいを眺めるようになった。
自分の中のたましいと、それを眺める、もう一人の自分。

自分の内側に、何か、かたまりのようなものを、感じるようになった。

それは、観察していると、ゆらいだり、上下したり、震えたりして、
感情の発信源、なのか、微細な心の変動が、伝わってくるような感じがする。

そもそも、その存在を感じるようになったのは、
私のたましいを、見てきた人がいたからだ。

まずその人の視線を感じ、
その先に、自分の中のかたまりがある、と感じた。

今までも、心の声を、きこうとしてきたことは、あった。
その存在を、意識して。
でも、今みたいに、分離した一つの存在として、とらえたことはなかった。

その人に見られ始めの頃は、
私は自分にいっぱいいっぱいになっていて、
内面にざわめきが充満してたし
視線の経路なんて感じることはなかった。

我を問われ、ふとしずまったときに、
その人の視線と、その先のかたまりを感じた。

思い返せば、私は、自分のかたまりを見にいったことはなかったけれど
ひとのを見にいくことが、今までにたまにあった。

見る、というか、感じるだけ、だけれど、
その人の心が、元気なのか、とか、そういう感じで、
挨拶しながら感じたり、けっこう自然としていたとおもう。

で、たましいを分離した存在として、感じとる、
そのことそのものは、まあ、言ってしまえば、どうでもよくて。


私は、ひとつ、課題をみつけたんだとおもう。
とても大切な課題なんだけど、それにとらわれることがないように、ゆっくりと、じっくりと、訓練したい。

私は、無自覚に自分の軸から離れて、ふらりと行動してしまうことがある。
しかもだいぶ長いこと。
無自覚なので、自分に嘘をついてることに気がつかない。

客観的に対峙できる人や集団、物事であれば、大丈夫だけれど、
面してる対象が、自分事に近くなればなるほど、
私はそれにしがみつこうとして
自分の軸に落ち着いて居続けることができなくなる。

この状況ならこうあるべき、に、流れていってしまうのだ。

家族といると、自分が自分でいられなくなる、
いつもだったらしないような、わけのわからない行動をとってる自分に出くわす。

我を忘れる、って、そんな非日常のことじゃない。
自分にとって大事な人や物事と関わりながら、自分自身として生きてく毎日で、
自分の現実(軸や本音)と、理想に板挟みになると、
ひゅっと抜け出しちゃうのだ。

ちっぽけな、ゆらいでる軸に寄り添い続ける忍耐力
っていうか、何も考えなくていいから、軸から抜け出ないで、嘘つかないで等身大でいればいいのに、
できないでいる私。

しょっちゅう、我を忘れて、
気付くとわけわかんなくなってる。
大事なものを、ないがしろにしてる。


ざわめきの中にいることを、否定はしない。
悪いこととはおもわない。

でも、私は、できるならば、大事なものを大切にしたい。
その願いは、持っていて、いいんじゃないかな。
叶えようと、祈って、いいんじゃないかな。


軸を持つことは、対立をうむって、どっかで恐れてる。
でも同時に、全体を包むような、対立をうまない軸の存在を、祈ってる。
それを愛と、おもいたい。
私は、愛を軸にしたい。


大事な他者と面したときに、自分の軸から離れず、たましいの声を表現していくこと。
その訓練。

他者との間にある、自分の本当の孤独を受け容れること。

相手が大事な存在であるほど。
相手の幸せを、のぞむのならば。

怖がらずに、焦らずに、少しずつでいいから。

いつの間にかついてきてしまった、心の癖を抜けるのは、なんだか妙に苦しい作業だけど、
同時に楽しいにきまってる。

祈ったり うたったり
食べたり 寝たり
笑ったり 泣いたり


ちっぽけな心の震えに、等身大の自分をよろこび、かなしみながら
どうにか、やってみる!

肩のちから、抜いて
呼吸してね。


軸から逃げずにいること、
軸を愛にすること。

軸を愛したら、いいのかもしれないなぁ。


なんとか、言語化。
少しずつクリアー、かな?
やるべし、です。

あぁ きっつい。くふぉ
むんむん!
posted by かわら at 20:39| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

階段を

見えてしまったなら、降りずにはいられない階段を、今はとぼとぼと歩いて降りている。
どこに続くかは、わからない。

だいぶ古いようにも、まだできて間もないようにも見える、
その薄暗がりの中の階段。

私にとって進みだすとは、そういうことだ。
辿り着く先には、期待もしないし、不安もない。

信頼するのは私の足。
止まったらそこまでだし、
引き返すのも自由。

今はただ階段を、とぼとぼと降りている。

今はひとり。
posted by かわら at 10:31| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

贅沢な時間

8/16に、私が書き残してた文章です。
なんか、幸せそう。


まるでケーキを食べているような、贅沢な時間。
いっしょにいる幸せ。

Nothing but you.

ゆっくり噛み締めて、それでいい。

不安や心配は、感じはじめたら、尽きないよね。

今、ここで感じられる幸せを、大切にしよう。


そして今日は9/25。
もう9/26をむかえてるけど。

好きだよ。

好きだよ、
その一言。

伝えずにいると、寂しくなる。
寂しそうに見える、と言われたけど、
どうしてなのか、理由が隠れてて、よくわからない。
隠しているのも、
直視しないのも、
自分だけどね。

もやもやして、ぐるぐるして、
ようやく、浮かんだ言葉、
好きだよ。

恥ずかしくて、言えなかったのかな。

その一言が、表現できたら、それだけで、すっと呼吸が通る。
心の痛みがとれる。

その一言を表現したら、
温かい気持ちになれる人が、ひとり、
もしくはふたり、増える。

それで、いいよね。

今日は、好きだよ、と言われ、
好きだよ、と言い

ほんとに素敵な月が、笑ってるようにのぼっていて。

私は、好きな人が、たくさんいて、幸せ。
しばらく、好きだよ、が、私の中で流行りそうです。
まだ、恥ずかしいけど。

言われても、他意のない表現なので
気にしすぎないでね。
posted by かわら at 02:06| Comment(0) | 踊る百姓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。