2008年11月06日

薬草、野草

朝から、与那国一周、自転車で走ってコースを確認してきました。

仲嵩ファミリーの、前浜さんから剛さんまで、みんな料理が得意!
しかも、与那国にしかない食材を使って、創意工夫の美味しい食事を作ることに長けているのです!
薬草、野草にも詳しい。
これはかなり勉強になりました。
私も郡山で、薬草、野草は、取り組んでみたいなと思っています。

この日は、マラソン後に控えている、国境交流事業のシンポジウムに出す食事の準備として、様々な野草をとりに行ってきました。

クバの葉はお膳に敷いて。
月桃の葉は、箸を包んだり、お皿にしたり。
大きくてきれいなのを選んで、採集。
野草はニガナ、ノゲシ、長命草など。
与那国の恵み満天。島に感謝です。
どうもありがとうございます。あらーぐふがらっさ。

すごく良い天気でした!
写っている灯台は西崎(いりざき)です。
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ジョロウグモに遭遇。でかい。
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帰ってから、ふみかちゃんの15歳の誕生日会。
たくさん人も集まって、楽しい会でした。
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2008年11月05日

ゴミ収集、郷土芸能学習、ハルマイ

どんどん日々イベントが盛りだくさんになる与那国滞在の日々。

朝、マラソン練習。
東崎へ行くのがだいたいお決まりのコースだ。
大会の走り始め、この東側のきついアップダウンをまず越えることになるし、ちょっとでも慣れておきたい。

昨日、福仲さんに、8:00前に、仲嵩さんのお家で集合と言われていた。
まぁ、もりやんについていけば良いと思って、帰ってシャワーを浴びて出てきたが、あれ?もりやんの靴がないような…?
しかも、いつももりやんが乗っていた車がない。
もしや乗りそびれたのだろうか。
そう思いながら、ひとまず外で待ってみた。

思えばもう、実は折り返しに近い。
本当に、1ヶ月なんてあっという間だ。

ほどなくして、もりやんが出てきた。
車が変わっていたのは、友人から預かった車を、たまに走らせるためなんだそうだ。
とりあえずほっとして、ゴミ収集の出発地に向かう。

いわゆるゴミ収集車、燃えるごみはもりやんの担当。
私が同乗する福仲さんの車は2トントラックで、分別ごみ担当。
ペットボトル、缶、ビン、段ボール、紙ゴミなどなど。

水曜日は実は一番ゴミの量が少ない日で、でも福仲さんは私にいろいろ説明しながら移動してくれるので、いつもより時間がかかってしまったようだ。
足手まといになったようで、申し訳なく思いながらも、福仲さん節で楽しく同乗させてもらった。

ゴミ拾いをする癖がついてしまった私、なんでも収集したくなるが、それではマズイこともある。
まだ分別の浸透していない与那国
(浸透具合は、与那国に限ったことではないと思うけれど)。
分別に慣れてもらうには、あえて、ルール違反のゴミは置いていくようにするのだ。
張り紙をして、きれいに分別してくれるまで、放置してあっても我慢する。
ある時、分別をして出してくれるのだ。
出す側と回収する側の、駆け引きがあるのだ。

昼、家に戻って、ともえさんの準備してくれたご飯をいただく。
お汁は、与那覇さんの法事で出たテビチのお汁。
めちゃくちゃまーさん(おいしい)!

午後は、与那国中学校の郷土芸能学習会を見に行く。
福仲さんの息子さんや、たまちゃんの娘のふみかちゃんも出演。
発表はこのときが初めてだったのだろう、まだ、緊張がみられた。
けれど、この後、様々な行事のあるたびに、この子たちが出し物としてかり出されていたのだが、見るたびに舞台慣れしていき、その姿は本当に感心させられるほど立派。
これが本当の、郷土芸能学習だ、と思った。

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踊りは前浜さんの指導。
役場での仕事に、こういう行事での着付け、メイクもみんな前浜さんがやっていた。
休む暇がない前浜さん。
それでも、私のこともいろいろ気遣って面倒見てくださった。
懐の暖かい方なのです。
だから、みんなから尊敬されているのでしょうね。

福仲さんの息子さんの「キングイ」は与那国の狂言。
与那国の言葉でやる時代物の喜劇。
言葉はわからずとも、子供がどぅなん言葉でベラベラしゃべって、演技ってだけでも面白かった。
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最後の棒踊り。
これは「踊り」と言えども、もう棒術に近い。
かつて琉球の時代、術事は禁止されていたため「踊り」とし、継承してきたのだそうだ。

衣装を脱ぐと、本当に中学生なのに、舞台にたてば。
郡山でも、こういう伝統芸能を学びたい。
まずは民謡の1曲くらい、歌えるようになろう!
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学習発表会のあと、さらに、お父さん、剛さん、福仲さんとともにハルマイ。
ハルマイとは、畑を見て回ること。
ハルサーが、耕作人のこと。
ハル、がきっと畑という意味なんでしょうね。
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2008年11月04日

福仲さんと畑

昨日できなかったファイルのアップロード、役場で聞いたら、高速のインターネットを使わせてくれて、ようやくできました。
一件落着。

夜、福仲さんが来て、お父さんと剛さん、それにお母さんとともえさん、もりやんも加わって、みんなで畑の話。
サトウキビなどを始めるということ。
土づくりからやるし、一緒に手伝わせてもらえる話になった。

さらに、明日は、福仲さんについて、ゴミ収集車にも乗せてもらえることに。
若干でも、力になれれば良いのだけれど。
しかし、ゴミ収集車に乗れるなんて、これも与那国ならではの体験だ。
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2008年11月03日

与那覇さんの法事

午前中、ゆうゆう広場で、最後のお手伝い。
この日はいい天気で、リエさんは立ちくらみがするほど働いていたらしい!

作業は無事終わったし、何より、リエさんの手伝いができて、良かったな。
楽しい仕事をありがとう!

たびせんの仕事が忙しく、しかーも、ウェブ入稿でトラブル。
というか通信速度が遅くて、なかなかアップできない。

昼に入稿してから6時間たって、40パーセントしかアップできていないって
どういうことだ!?
とりあえず今日中に入稿できるといいのだけれど。。

終りが見えないので、与那覇さんの法事に参加。
おいしいお膳をいただく。
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本当に、仲嵩さんのお家にお世話になったおかげで、毎日、毎日、美味しいものをご馳走になっていました。
帰ってきて、しみじみ思いました。
おかげで太ってしまったし。冬のいいたくわえになりました。

こちらは、骨盤の形をしたお菓子。
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うーーん、どういった意味合いだったか、忘れてしまいました。。
骨盤の形は、生まれるとか出産とかに関係することは確かなんですが…ごめんなさい、勉強不足です。


お手伝いをぼちぼちしながら、また仲嵩のお家に行って、アップの様子を見て…与那覇さんの家に戻ろうとしたとき雨が降ってきたので足止めをくらう。
待っていたがやみそうにないので、小降りになったタイミングで行くと、もうお客さん方は帰って、だいたい終わっていた。
あぁ、ほとんど手伝いできなかったな。

でも、与那覇さんや前浜さんの親戚を見られてよかったし、
法事の席にいさせてもらえるのは、仲嵩さんのおかげだ。
仲嵩さんの家では、お父さんが、そういう交流などを好み、今までにも、いろんな人を受け入れてきたのだそうだ。
ありがたいことだ。
私もいろんな人にお世話になっているから、だんだん自分でもそういうことをするイメージがついてきた。

夜、たまちゃんが来る。確か、娘のふみかちゃんも一緒。
私は横で、アップロードの続きをしていた。
日付が変わる目前で、手違いが!!えー!?
一応、アップロード済みの画面に切り替わったが、はたしてできたのかどうか??
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2008年11月02日

リエさんと南牧場ジョグ

朝からピースボート用のチラシ作成。

昼、自転車で比川へ。
13:00スタートで、リエさんとマラソンの練習。
南牧場のコース。

ピッカピカに晴れていて、暑いけど最高。
風も吹いて、すごーく楽しかった。

走りながら、リエさんがコツを教えてくれる。
私にペースを合わせて走ってくれた。

いつもは、与那国のかけっこクラブのメンバーとの練習で、
時には吐きそうになるくらいきついそうだ。

お家でゴール!
ちょうど1時間くらいだった。
リエさんからじょーとーじゃない、と言われたし、満足!
この練習は、ペースもわかったし、とっても良かった。

お疲れ様のビール、鈴の小さなグラスに、たっぷりの氷でいただく。
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すごーくおいしい!!
最高に気持ちいい!!

氷入りのビールやワインが美味しいのは、島独特の特権だと思う。
内地では、あり得ない!
しかし本当に、うまい!

リエさんのおかげで、かなり与那国を贅沢に満喫させてもらい、超充実でした。

夜、与那覇さんの法事の手伝い。
ともえさんから、美味しいの食べる?と誘いの電話につられて行くと、
翌日のお供えにむけて、豚肉の炊いたのや、厚揚げや、かまぼこや…たくさん準備していた。
親戚の方やお客さんや、すでに集まっていた。
お手伝いをちょこちょこして、おいしい夕飯をいただく。

大場あさこさんより、日本一周達成の連絡が来る。
おめでとう!
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2008年11月01日

島半周一人マラソン

午前中、島を半周する。
東崎から、比川〜ティンダハナタコースで祖納に戻る。
2時間くらいかかってしまった。
でもおかげで、むくみがすっきりとれた。最高です。

午後は、チラシ作成のお仕事。

夜、与那覇さんの法事の手伝いだ、とともえさんについていったが、
着くとその仕事事態は終わっていた。
アイスをご馳走になり、与那覇さんのおばあちゃんやおばさんとお話し。

ひとみちゃんの妹にあたるいずみちゃんは、今高校生。
与那国は、高校がないので、中学校を卒業するとみんな石垣か那覇に行く。
いずみちゃんは那覇。
部活で伝統芸能、さんしんや歌、踊りをしているらしい。
どおりでうまいと思った。

来年卒業したら、与那国に戻ってきて、今は一般に知られていないけれど
まだ残っている与那国の歌をひろっていきたい、
生徒を2,3人つけて、教えることで自分も上達したい、と言っていた。

すてきだね〜
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2008年10月31日

ゆうゆう作業2日目

朝、マラソンの練習を開始。

たびせん・つなぐのウェブのお仕事をしていたら、リエさんから連絡が。
17時からまた、堆肥袋詰めのお手伝い。

マラソンに出ることにした、と話したら、練習方法などいろいろと教えてくれた。
明日は島半周にチャレンジだ。
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2008年10月30日

リエさんとの再会

この日は朝、ジョギング。
帰ってきて、もりやんに走ってきたと言ったら驚かれた。

ともえさんに紹介されて、ゆうゆう広場という与那国馬の乗馬体験をする町の施設にてお手伝いに行く。
馬糞(ボロと呼んでいる)の堆肥を、農家に出荷するための袋詰めの作業。
りえさんという女性がやっているのだそうだ。

行くと、汗をびっしょりかきながら、作業を始めていた。
はじめまして、よろしくお願いします、と挨拶すると、どこかで見覚えが。
すぐに思い出した。
4月に比川の自宅でミヤラビをご馳走してくれた
(ついでに、逃亡者と呼ばれた私を東崎に迎えに来てくれた)リエさんだ。

リエさんに話すと、あ〜、あのときの!と思いだしてくれた。
しかしここで再会するとは!
何か縁があるんだろうな。

ボロの袋詰めは、ハードワーク、文字通りの重労働だった。
これは、ちょっと一人では厳しいよ。

リエさんはマラソン出場予定で、マラソン直前はなるべく体力を使わずセーブしたいということだったしお話ししながら、気持ち良い汗がかけるので、お手伝いできてよかった。

後で好きなだけ乗馬させてくれる、と言ってくれていた。

広場にいた与那国馬たちは、かなり人懐こかった。
リエさんに聞くと、今は乗馬体験の営業をしておらず、馬たちも暇を持て余していたせいでは、とのこと。

お腹すいた〜
何してんの〜

そんな具合に、特に仔馬たちがすり寄ってくる。
油断しているとおしりや太ももを噛んでくる。
あま噛みくらいだけど、馬だから痛い。

なんか、犬や猫と変わらないんだなと改めて思った。

夜、ともえさん、もりやんの友達が家に遊びに来た。
たまちゃんと、福仲さん。

仕事もあるし、疲れたし、遠慮しようかとも思っていたのだけれど、
ちょっとくらい顔を出そうと覗く。

猫のミントも一緒に入ってきた。
彼氏のミントで〜す、とともえさん。
まんざらでもないな。

加わって早々、何やら作業服のズボンを試着させてもらう。
どうやら福仲さん用だったがサイズが合わなかったらしい。
少し大きいけれど、畑や馬の作業にはちょうど良く、ありがたくいただくことに。

たまちゃんと福仲さんは、マラソンに出るらしい。
話題はマラソンでもちきり。
私も手伝いをしようと思っているんです、と言ったら、出たらいいのに〜としきりに誘われる。
ともえさんに、参加費はカンパするから出たら、と言われる。
う〜〜ん、そこまで言われるとな。
走りたい気持ちはある。出ちゃおうかな。
よし、早速明日、申込だ。

そのまま日の変わる手前まで飲み会にいた。
もりやんはお決まりの11時に寝に入ったけれど、あとの3人は2,3時まで飲んでいた。
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2008年10月29日

新月の日

今日は新月の日。
何かを始めるのに良いと言われています。
ということで、走り始めようと思ったんだけど、この日は走ったのかどうか覚えていない。

お風呂でマッサージを始めたのは覚えています。

母親に連絡しました。
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2008年10月28日

与那国の方言

午前中はたびせん・つなぐのホームページの仕事。

午後は、お母さん、お父さんと一緒にニラをとりに行く。
お父さんは、事故にあってから身体が動きにくくなり、畑も一人ではもうしていない。
たまに他のおじーたち(親戚か友人と思われる)を連れて、収穫に来ている。

畑には、ナス、ピーマン、ししとう、ゴーヤー
えんさい(くうしんさい)、冬瓜、ニラなどなど

ニラと冬瓜を収穫して、今度は親戚や普段お世話になってる人たち?に届けに。
完璧にどぅなんの方言で話すので、私にはまるっきりチンプンカンプン。
1ヶ月いても、全然覚えられなかった。

ふがらっさ(ありがとう)
まーさん(おいしい)
やーさん(お腹すいた)

くらい。
英語より難しいよね。

夕方16:00からエコツーリズムのワークショップに参加。
いろいろと考えさせられる内容でした。

ともえさんともりやんの愛猫、ミント君。
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じゅんに似ているので、最初は女の子かと思いました。
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2008年10月27日

与那国

10/20に飛行機で羽田から石垣。
10/24にフェリーで石垣から与那国。

与那国に来て、4日たった。

1ヶ月滞在に、宿やネット作業環境(たびせんつなぐの仕事を続けるため)、銀行、郵便など、どうなるかと思ったが、みんな特に困ることなく。
民宿とキャンプでと考えていたが、前回もお世話になった、仲嵩さんのところで、また泊めていただけることに。
はじめは多少戸惑ったが、だんだん慣れてきた。
私はだいぶ遠慮しいになってしまった。
結果的にかなり図々しく居座っていることに変わりないのだし、私が距離を作ると相手も緊張してやりづらい。
遠慮しないで、遠慮すると損だよ、と、気遣っていただいて、余計楽だし、ありがたい限り。

畑も仲嵩さんちのオジーがエキスパートなので、勉強すること盛りだくさん。


今日は与那国町役場に挨拶に行った。
私の主目的は、郵便物の転送のお願いだったが、島の行事のお手伝いもいろいろすることに。

夕方、仲嵩さんと一緒に町民むけの講習会に参加。
エコツーリズムがテーマの勉強会と思って行ったが、台湾貿易開始にあたり、町民の声が聞きたい、という事務局の思いから開いた集まりだった。
私を含め敬意を知らなかった人たちが多かったので、議論に食い違いが出た。
でも、島の普通の人たちの、いろんな島起こしのアイデア、問題意識が聞けて、とても面白かった。

私は、与那国の話を聞きながら、これから郡山でやることを考えていた。


与那国に来て、改めて感じたこと。
私は地元を知らない。

ケニアのニャティティという切口から、文化のことは受け売りもあるが話し、紹介できる。
でも、郡山のことは、民謡も歌えないし、方言もあんまり話せない。

その土地の歴史、文化、言葉、伝統は、その土地で活動していく全てにつながっている。
受け入れられるには、受け入れるには。

帰ったらやることが、見えてきた。

しかも与那国でも、かなり具体的な関わりができそうだし、学び深い1ヶ月になりそうだ。


自分がいるから、みんながいるんじゃない。
みんながいるから、自分がいる。

修行の始まりです。
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2008年10月26日

獅子舞

むくみがひどい。
リンパの流れが悪くなっている。
(後からりえさんから聞いたが、与那国の水は石灰分が多いためではないか、ということだった。
りえさんはお母さんの実家が沖永良部島で、そこに行くといつもむくむのだそうだ。)

与那国生活が始まり、仲嵩家のリズムも少しずつわかってきたので1日の予定をたてる。
そして、今後どうしていくか考えよう。

5:00〜6:00 ストレッチ、マッサージ

としたが、結局は、6:00くらいからぼーっと1時間くらいマッサージ、ストレッチをすることが多くなった。
というのも、与那国は朝が明けるのが6:30と遅いのだ。

お父さんたちは、7:00くらいから目覚める。
いびきをかいて寝てるから大丈夫だろうとガサゴソ動いていたが、
気になって眠れないと言われてしまった。

たびせん・つなぐの仕事をする。

夕方、外が騒がしくなる。
太鼓の音が響いていて、何かと尋ねると、この日はシティ祭(獅子舞)をするのだそうだ。
己亥(ツチノトイ)、ご先祖様がたくさん帰ってくる日らしい。

夜、墓場に行ったら人魂が見えるよ!とお父さんに言われる。

お母さんは、玄関や神棚に「悪いのが入ってこないように」と厄除け?を置いていた。

後でともえさんから「亡くなった人には、炒った豆を持たせる」と聞いた。
これが生える頃には帰ってくる、すなわち、炒った豆は一生芽を出すことはないので、成仏できる、ということだそうだ。

信仰については、なんだか胡散臭いイメージがついてまわってしまうけれど、私自身は、好む、好まざるなく。
自然と同じく、そういうものなんだ、と受け止め、へぇなるほど、と話を聞くくらい。

獅子舞は、祖納、久部良などそれぞれの部落で行われるらしい。
祖納では、西、東、島中(しまなか)からそれぞれ三体の獅子がやってきて、町の中心で集まり、また別れて練り歩くとのこと。

早く見に行かないと終わっちゃうよ!

夕方6:00頃にダッシュして、ふくやまのスーパーのある信号へ。
私が行ったときはちょうど三体が集まっているところだった。人も集まっている。

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暗くてよくわからないですね。
この獅子、


慶太君から、日本一周を達成したという連絡がある。
おめでとう!
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2008年10月25日

ニラとにらめっこ

朝、起きると身体のむくみがひどい。
疲れがたまっているのだろうか。
ストレッチやつぼ押しをする。

お父さん、お母さんと一緒にごはん。
今回の滞在について、少しずつ話す。

今日から剛さんは一週間、石垣に。病院へ行くのだ。
ともえさんともりやんは運動会へ。

私は蔵盛さんのところで、塩炊き。
たまにサンシンを弾きながら、いろいろ話をしながら、釜の火をたき、塩の加減をみる。

昼ごはんはお弁当を持参。
食べてのんびりしていた。

蔵盛さんが帰ってきた。
ここで大事な話が。
私が蔵盛さんの塩炊き場に出入りしていることが、昨日の今日で噂が広まり、
蔵盛さんの奥さんやご家族に、いったいどういうことなんだ、と聞かれるとのこと。
ご家族の方々は、そういうのが苦手なタイプのようで、
やめてくれないか、と言われたのだそうだ。

事情はすぐに呑み込めた。
ケニア関係で、同じような話を何度か聞いていたせいか、驚きもあまりなかった。
正直に、そしてすぐに、事情を話してくれた蔵盛さんの行為がありがたかった。

残念なことだけれど、今日限りで終わり。
私が与那国に来たのは、蔵盛さんを頼ってのことだったけれど、
外から来て1ヶ月しかいない私のために、余計な負担をかけるのはもっといやなこと。

その日は夕方までお手伝いをして、自転車で仲嵩家へ帰る。

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ともえさんに事情を話すと、畑はうちでもやっているから、
剛さんが帰ったら一緒にやったらいい、
それまでは、お父さん、お母さんと過ごして、たまに手伝いをしてあげてとのこと。

夕飯を食べ、お父さんのマッサージ。
夜、お母さんとニラとにらめっこ。
明日お店に出すため、1本1本をきれいに整えるのだが、これが時間がかかる!
なんと12時近くまで!農家はたいへんだ。
posted by かわら at 22:50| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

与那国上陸

船が出港し、見送りのみんなが見えなくなる頃、隣でやはり港を眺めていた女の子と話を始めた。
ますみちゃんという20歳の女の子だ。
普通に話をしていたんだけれど、ずいぶんと苦労をしてきた子のようだった。
でも真っ直ぐな子。きっといい人生があると思う。

SN390084.jpg

与那国に着いて、迎えに来ると言っていた剛さんも、蔵盛さんも港にいない。
電話をしてみると比川のほうで会おうということになった。
自転車で出発する。が、つめてきたご飯が、良い天気で腐りそうな予感。
会ったら食べる暇がないだろうと思い、道の途中で食べる。
比川についたが、なかなか来ない。場所が良くないのだろうか。
はたしてこのまま会えないかというとき、車が。
なんと4人づれだった。前にお姉さん2人。ともえさんとまつみさん。
自転車を、タイヤをはずして後ろに乗せ、うがんじょへ。
今日は厄除けをする日だったらしい。

馬鼻崎へ行って、わたしの到着をニライカナイの神様にご報告した。

到着したら、確認すること。
・宿泊場所(仕事をするため、インターネット環境のあるところ)
・役場への郵便物転送
・銀行(与那国はゆうちょか農協しかない)でお金がおろせるか
ひとまずこれらを済ませたかったのだが、一言二言話すうちに、
「お金はなるべく使わないで過ごしたいんでしょ」
仲嵩さんの家に宿泊すれば心配ないから、と、話をすすめてくれた。

たいへんありがたいことだけれど、1ヶ月も甘えてよいのだろうか。
蔵盛さんのところで、畑や塩など習うのが主目的だからそれでよいのか。
泊まるからには、何かお家でお手伝いできることがあればしたい。

仲嵩家の切り盛りをしているともえさんにもそう伝えると、みんな了解してくれた。
宿泊費とインターネットが、滞在中の悩みどころだったので、本当に助かった。

役場への郵便物転送については、与那国に来る前に役場に電話してお願いしていたが、
着いたら顔を見せてくれ、ということだったので、行く予定だった。
しかし受付をした女性は、仲嵩家の長女のいくこさんだった。
ともえさんが電話して、確認してくれたので、週明けに役場へ行けば良いことになった。

蔵盛さんの塩炊き場へ行き、夕方まで話をしながらさっそく手伝い。
釜に薪をくべてどんどん火を起こす。
くべるとき、前髪を焼かないように、と言われたそばから、
「チリチリチリ」
なんか焦げ臭いと思ったら、案の定前髪が焦げたらしい。

蔵盛さんとの話は楽しい。
塩炊き場もとても気持ち良い。

夕方、暗くなりかけたところで、作業終了。民宿のあだんへ(本館と別館があるが、別館のほう)。
仲嵩家の2番目のお姉さん、まつみさんが炊き出しをしている。

早速おいしいご飯をご馳走になった。
グルクンの甘酢かけ。
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チョウチンマチのお刺身。
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アーサーの酢の物。
チャンプルー。
煮付けなどなど。
かなりお腹いっぱい。

ひとみちゃんと、まぁちゃんも、アダン別館で働いている。
ひとみちゃんはまつみさんの娘さんで、私と同い年。
まぁちゃんと二人、あんまり仲が良いので、このときから2週間くらいずっと姉妹だと勘違いしていた。

仲嵩さんの家に到着、お父さん、お母さんにご挨拶をした。

私の部屋はともえさんの部屋の奥。
ともえさんは、彼氏の森やんと暮らしている。
インターネットを早速使わせてもらう。
快適。ばっちり。これでかなり安心。

母と松村さんに電話で連絡。
与那国の1ヶ月滞在、おかげ様でうまくいきそうだ。
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石垣コスタの日々

10月21日はテント泊。
しかし、健一さんからたびせんの仕事が来て、急きょチラシを作ることになり、22日、23日はコスタに泊る。

天気の良い日が続いたが、コスタに缶詰でパソコン作業。
でも、なんかのんびーりしている。
コスタにいる他のお客さんたちのおかげもあるだろう。

コスタのオーナーは、なかちゃん、そして千景さん。
かなりのんびりキャラクター。

数泊をともにしためぐちゃん、しゅんくんは、東京から。
三重からのみわちゃんは、石垣バイトの後の休暇。

前回、歩さんがヘルパーしてた時にも宴会で一緒になったもとさんは、石垣在住で、元・コスタのヘルパー。
めぐちゃんも、元・ヘルパー。そして石垣在住で雑誌の編集をしているぐりちゃんも、元・コスタヘルパー。
そんなコスタ常連さんたちと数日を過ごし、非常に居心地がよかった。

10月24日朝、フェリーで与那国へ出発。
ドック入りと重なり、波照間行きの小さな船が代行。
与那国までは遠く、4時間かかるので、なかなかきつい船旅になりそうだ。

とても驚いたことに、コスタで数日を一緒に過ごしたメンバーみんな、見送りに来てくれた。
なんなんだー
このあたたかさは!!!
船が出発するまで、笑顔が止まらなかった。
めちゃ幸せ☆みんなありがとう!

写真は石垣コスタのホームページに載ってます。
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2008年10月20日

踏み込めば八重山時間

いよいよ、石垣へ。
本当に行くのかしら、行っていいのかしら。
なんだか、軽い恐怖心にも似たような気持ちがうづいている。

1ヶ月の滞在にして、結果としてはいろいろとよかったのだと思う。
2度目のケニアや、カリフォルニアにも似た感じだ。
挫折や、思う通りにいかないことがあるだろう。

行ったらどうにかなる、というより、行かなければどうにもならない、ということ。
同時に、何も目的をもたずに行くと、何もできずに帰ってくる、ということもある。

与那国ヴィジョン。
毎日、毎日、考えないと、と思いながらも、時間を作れず…を繰り返していた。
考える、と言うよりは、まとめる、書いてみる作業が大事。

土の大切さを教えてくれた、与那国。

土を耕すことは、自分と向き合うこと。
地球からの恵みを精一杯うけながら、命をいただき、それでまた生かされる命、
畑仕事で、地球の巡る命の輪に、自分を組みこみたい。

そのための、第一歩を与那国で。
さぁ、修行を始めるぞ。


池袋にある妹の新居から羽田空港まで、自転車で。
若干の不安はあったけれど、到着し、今度は自転車を預ける準備。
この輪行の準備に、やはり1時間くらいかかった。
いざ、カウンターに出陣。

心配だった重量制限15キロ。
自分で体重計で計った結果だと、かなりぎりぎり。
しかも機内持ち込み荷物との合計の重量制限なので、パソコンを持っている時点でアウトである。

しかし実際には、まったく問題にならなかった。
自転車は、コンパクトにまとまらず、胴の長い状態で測定器に乗ったので、12キロから14キロの間をゆらゆらするだけ。
カウンターのお姉さんも、重量はまるきり気にしていないようだった。

あとは、自転車の解体、組立用のプラスドライバー。
これだけ機内持ち込み不可で、専用の箱に入れられて預けになった。

無事に預けて、あとは石垣まで飛行機。
羽田発那覇行の飛行機乗り場で、中尾彰が一緒だった。
やはり相変わらずねじりスカーフネクタイ。だけど誰も騒いでいなかった。
なんとなくつまらなそうに(いつもそうなのかもしれない)、おそらくビジネスクラスへと消えていった。

那覇ではトランジットに1時間。
預け荷物は石垣まで直接なので心配なし。
もしも、もう少し経済的に余裕があったら、沖縄に1泊くらいできるように飛行機をとろうかと思ったが贅沢はいえない。

待合所のテレビで、なんと千晶さんとMISIAのトークショーが放映されていた。
東京のほうで、10月の初めにやると言って、スタツアのチラシを作ったときだろう。
それがなぜ今、しかもこんなタイミングでニュースにうつっているんだろう?
やれやれ。
まるで村上春樹の小説みたいだ。
こういうことは、人が好む、好まざるに関係なく、波みたいに押し寄せてくることみたい。

石垣行きの飛行機はキューキューに小さかった。
石垣から与那国間は、プロペラでもっと小さいらしい。
前回の与那国からの帰りに乗ったはずだけれど、覚えていない。

空港に着いてから、自転車を受け取る。
自作で、色が自慢の輪行バッグは、見事にボタンが外れて、なかの自転車が半分見えてしまっていた。
お兄さんが迷惑そうに持ってきてくれる。
私は疲れていて、ねぎらいの一言もかけなかったと思う。
こういう部分も足りないのだ。反省。

空港の外で組立をしていると、守衛のおじーが、10時までには終わるか、と聞いてきた。
現時刻は、まだ9時前だった。
大丈夫です。また、つっけんどんに答えてしまった。

心の温かさや忍耐力、本当にまだまだだ。

石垣の高校生で、ロボット大会出場者がいい成績をおさめて、私と同じ飛行機で帰って来たらしい。
撮影陣やお迎えが来ていて、私以外にも人がいたので、いくらか気が楽になった。

石垣にいる間にやること。
与那国はインターネットや銀行なども心配。

コスタへ行くと、宴会?か何か、人が集まっていた。
聞くと、与那国から帰って来ためぐちゃんとしゅんくんのお帰り飲みということ。
みんなやはり、おそろしく気さくで、すぐ輪に入れてくれた。

石垣に着いたら、今日中にやる、とノートに書いたことなど、まるで意味がない。
それが八重山時間。
posted by かわら at 22:04| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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