2008年11月28日

与那国で学んだこと

土地とのつながり、土地の大切さ

自然(科学)…土、石、植物、動物、風、海、太陽などなど
人文…言葉、文化、郷土、芸能、生活(衣食住)などなど

農業をやるには、その土地を知り、仲良くなることが大切。
土地は、科学、人文両方の側面があり、それらは切っても切れない関係。

知り方、感じ方は様々。
マラソンで走ること、歩いてじっくり観察すること、内外の人と話すこと
土地のデータを見てみること、芸能に携わること、料理して食べること

与那国は、生きた土地。
島が島として生きていて
ときに厳しくときに優しく、そこに棲むものたちに対峙する。

100パーセントの現代社会もなければ、
100パーセントの自然でもない。

自然と人とが、せめぎ合って、過渡期にあるような状態。
海の魚、山の野草。
大切にしていけば、島の恵みで生きることもできるかもしれない。
島にいる人たちは、島が好き。
でもゴミ、過疎化、お金の問題など、どうしたらいいか模索している。

これからどうなるんだろう。
台湾との貿易も始まった。
どうかいい方向に拓けてほしい。
国境にある、大切な土地。

与那国島に出会えてよかった。
たった一ヶ月の滞在、離れると夢のような気になるけれど、現実にある世界、日本なのだ。
何か私にできること、あるかもしれない。

郡山に戻ってきて、身体の調子が全体として良くなった。
肌は八重山標準になっていたので、はじめは寒さと乾燥に参っていたが、内臓や循環、代謝は与那国より状態が良く、すっきりとしている。

大して、健康にいい生活をしているわけではない。
郡山で生まれたから、身体もこの土地に合わせて作られたんだろう。
水や空気、食べ物の違い?

私がそう感じるのだ。
畑だって、この土地の野菜、野草などのほうが、調子よく幸せで健康に育ってくれるのではないか。

ただでさえ10年ぶりの郡山で、浦島太郎状態。
郷土のことを知らない。
郡山って、福島って、何が有名?郷土料理は何?
正直言って、ほとんど知らないのだ。
発掘して、作って、共有していこう。

たった一ヶ月の滞在で、与那国の土地を教えてもらったように、そしてまだまだ知らない、まわり切れていないように、
郡山という土地、福島と言う土地と関わりをもってみよう。

大きなヒントと、実行する自信・展望をいただいた、与那国滞在だった。
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2008年11月24日

別れの雨

もうこれまた、移動の日にはお決まりの雨である。
ずっとバタバタとしていて、いざやるぞってときは、雨くらい降ってエネルギーを落としたほうが、ちょうどいいってことなんだろう。
私が落ち着いてくれば、こうでもなくなるのかな、なんて思う。

みんなに心配されながらも、自転車で雨の中、久部良のフェリー乗り場へ。
日本をまわったおかげで、もう慣れっこである。
途中、あだんのお客さんを乗せたひとみちゃん、まあちゃんとすれ違う。

港には、ともえさん、お母さん、前浜さん、剛さん、そして福仲さんも来てくれた。
福仲さんからは差し入れに、バナナ、グレープフルーツとお茶。
グレープフルーツは後からいただいたら、福仲さんの情熱的な心のように真っ赤なルビー色だった。

前浜さんたちからは、紙テープ。
よく、昔の映画で、船で行く家族・友人との別れの時に、色とりどりの紙テープを岸と船で渡すが、それである。
こんなの初めてだし、どこまでも仲嵩家らしい、遊びと暖かな心の詰まった演出。

雨でぬれて、途中で切れてしまったけれど、本当にうれしかった。
船が与那国を離れる。
こらえていたはずの涙が、知らぬ間にこぼれ始めて止まらない。

ありがとうございました!!

雨の中、お母さんがずっと外で手を振ってくれている。
見えなくなるまで、ずっと。

本当に、言い表し方が見つからない、与那国の1ヶ月。
大きなヒントがあったに違いない。
少なくとも、これからの畑と人生の構想に、かなりの影響を与えられている。
これからも反芻し、気づくことがあるだろう。

修行と言うにはあまりにも楽しい、与那国の1ヶ月に幕を閉じた。

まだ納得いってない部分もあるんじゃないか?
蔵盛さんから聞かれた。自分の中に問うてみるが、答えは
「十分、納得している」だった。
この1ヶ月、悔いはない。
そんな日々を過ごさせてくれた、与那国島に、心から感謝。
あらーぐ、ふがらっさ。


遠ざかる船から見る与那国。
雨雲がこんなにも美しいなんて。
また海に教えてもらった。
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2008年11月23日

町民祭2日目・与那国最後の晩

町民祭2日目。
朝、祖納から比川まで歩きました。
ティンダハナタから比川に抜ける道は、私の与那国との出会いが始まった場所ともいえる。

秋にはなったけれど、相変わらず濃い緑と元気いっぱいに飛び回るチョウ。
あぁ。
島にお礼を言いながら歩く。

道を歩いていても、どうしても野草や薬草を探してしまうようになってしまった。
「道草食う」って本当だったんじゃないかな。

途中、なんと釣りへ出かける福仲さんとすれ違う。
本当に毎日釣りしてるんだな。忙しいのに。

今日の町民祭では、のんちゃんも一緒。
でも二人で今日は、孫ちゃん倶楽部の看板を作る約束をしていたのだ。

看板に、貝がらやサンゴをつけたら面白そうだなと思い、ノンちゃんを誘うと、快くOKしてくれた。
仕事モードでピリピリしている剛さんをしり目に、浜へ。


浜は最高によかった!!!
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裸足になって、貝拾い。
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いいなぁ。
与那国の海風はやはり最高だ。


戻ってから終わるまで、手伝いっぱなしだったけれど、少しでも仲嵩さんにお返しできたならよかったし、私も最後までやりたいことをさせてもらった。
前浜さんにまたわがまま言って、与那国織のお土産用小物を工芸館の人に持ってきてもらったり、お世話になった人たちから寄せ書きを集めたり。
本当に、忙しくてバタバタはしたけど、最後まで充実だった。

夜は与那国スンカニ大会。
「与那国スンカニ」は民謡で、この同じ歌を歌って、競い合うのだが、この日は毎年の優勝者が出そろって、スンカニを披露してくれた。
さらに宮良康正のライブも。
宮良さんはそうでもなかったが、スンカニは面白かった。

じっくりと聞いた。
それぞれの歌声は、まだ残っている。
個人的には第2回目優勝者(ご高齢の女性の方)が好きでした。

だいたい、島の人の反応は本当に素直でシビアなものである。
素晴らしい、と思った時には大歓声がわく。

いろんなシーンで、与那国島を教わったと思う。


夜、もどってから、バーにて私の送別会を開いてくれた。
福仲さん、もりやん、仲田先生、まあちゃん、ひとみちゃん、剛さん、孫良さん、ともえさん。
たまちゃんは途中ちょっとだけ参加。
みんなで集まって、ゆんたくして、私は幸せでした。

素直で開かれていて、家族のようにしてくれる。
本当にどうも、ありがとう。
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2008年11月22日

釣り・町民祭1日目

与那国はすぐに外海と面していて、大きな魚も磯まで入ってくるので、釣りはかなり面白いらしい。

ひろみちゃんも誘い、福仲さんと3人でゆんたくしながら。
福仲さんの話は面白い。
ひろみちゃんもいるからか、いつもの福仲節はかなり控えめだったけれど。
あるいは前の晩4時まで飲んでいたからかもしれない。

じゃーん
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さっそく。ミナミクロダイというらしい。
ミナミクロダイ.jpg

もっと大きくなれるけれど、この日のおかずとしていただくことにした。

魚は、もう餌付けしているようなくらい、わんさか集まっているのが目でも見える。
がしかし、なかなかかかってくれないのは腕が悪いからなんだろう。。

福仲さんとしては、あまり納得のいく釣れ方ではなかったかもしれないけれど、毎日釣りしてるんだから、きっとそんなこと気にしていないと思っています。
とにかく、ひろみちゃんと私は大満足でした。

グルクン!泳いでいるときは真っ青なのだが、息耐えるころには真っ赤になっている。不思議。
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福仲さんのお家にもどって、調理。
さばき方などもちょっと教えてもらったが、基本的にはまったくお手伝いせずに食べただけ!
え〜、なんだか申し訳ないくらい。
だけど、たっぷり楽しませていただき、本当にありがとうございました。

あまり大きいのはとれなかったけれど、イスズミ(与那国ではバービャ)とグルクンを刺身にしてくれました。
イスズミ バービャ.jpg
さっきまで泳いでいたのに。。このスピードは与那国ならではだよ。
本当に、魚の出る頻度が郡山と比べ物にならない。
海の島、魚の島。

しかし、ゴミ収集をやる福仲さん、そして釣りをやる福仲さんはつながっていた。
昔のゴミ集積所となっていた場所の近くにも、釣り場があったのだそうだが、釣れた大きな魚をさばき、炊いたら、明らかに異常な臭い。
そこの海では釣りがもうできない。
汚染がすぐそこで起きているのだ。
うーん、なんとかしたいよね。
本当に、目前に迫ったことがたくさんあるのだ。
微力でも、やれることをやっていこう。ハチドリのように。


さて、釣りのあとはひろみちゃんと二人で町民祭へ。
孫ちゃん倶楽部&仲嵩家で出店をしているお手伝い。

町民祭1日目は与那国織のファッションショー。
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素敵。ご本人が織られたんだそうです。
すごいよね、郷土文化は素晴らしい。

与那国では、中学校もそうだし、島をあげて、郷土文化を残そう、生かそうと活動が始まっている。
見る人から見れば、間違っていたり、意味のない方法をとってしまったりもしているらしいが、まず、活動をすることが大事だと思う。
動いているから「正しい、正しくない」の議論もできるわけだし。
私も関わる土地で、そういう活動をしていきたいと思う。

ファッションショーも、モデルはみんな島の人たち。
100名は近くなのではと思われるほど多くの出演者。
裏方もみんな島の人たち。本当に素敵でした。


ファッションショーが終わって夜、星がきれいに出てきていた。
たまちゃんの車に乗っていると、ともえさんから電話があり、「頼んで東崎で星を見に行って来な!」とのこと。
どこまでも考えてくれる人だ。

ということでわがままながら星を、大好きな東崎で。
寝ころんでみたら、天の川も見えた。
嬉しいな〜
またひとつ夢がかなったとき。

ひろみちゃんも、たくさんの収穫があった日のようでした。
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2008年11月21日

与那国馬!

yonauma.jpg

いろいろと仲嵩さんの家でお手伝いさせてもらおうと思っていたが、与那国も残りわずか3泊4日ということで、やりたいことやってきな!とともえさん。
前々から御誘いを受けていた、与那国馬の乗馬をさせてもらいました。
りえさんも、夕方から沖縄に出張。
比川村活性のためのモデルとなっている村が本島にあり、現地研修会なのだそうだ。

乗馬の前に、昨日もりやん&福仲さんがゴミ収集でゲットした芋の皮を、ゆうゆう広場の馬たちの朝ごはんに。
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なかなか好評の様子。


乗馬は久しぶりである。
でも初めてではないと言うと、じゃあ経験者ということで、と鞍を乗せるところからやらせてもらえた。
いぇーい。

私はミキという一番聞き分けの良い子に乗せてもらった。
乗馬するときは、人間がリードするため、厳しく的確に指示してあげることが大事だが、なかなかそれができなかった。
まぁ初対面だしね。

与那国馬は小さいので、乗馬というイメージではない。
でも力持ちらしい。

リエさんリードで、ひろみちゃんと3人、場内を何週もさせてもらった。
けっこう速く走らせて、気持ち良かった。
満足。リエさんありがとう。


夜、福仲さんから連絡があり、次の日は釣りに連れて行ってもらえることになった。
そしてさらに、福仲さんのお家で飲み会に参加。
与那国中学の体育の先生・仲田さんも一緒に。

福仲さんの今年の魚拓。
立派である。釣り師・福仲さんと明日は釣り。
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2008年11月20日

与那国の草花、孫ちゃん倶楽部結成

おもに剛さんから、与那国の野草、薬草をたくさん教えていただきました。

さて、今日は孫良さんのお家に行って、夕食会でした。

じゃーん
hatakenopasta.jpg

題して「孫ちゃん畑のナポリタン&スープセット」!
これは売れそうな感じ。
トッピングの生ゴーヤーと、ノゲシがとてもいい感じです。


sonchanclub.jpg
剛さんと孫良さん。
二人で、与那国身体障害者連合?と張り切っていたかと思いきや、私も仲間に加えられてしまった。
孫ちゃん倶楽部結成!


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これは、紅芋アンダギーのもとを炊飯器でセットして焼いただけの簡単ケーキ。
でも美味しい。


孫良さんは、今年のGWから6月頃まで、内地のお友達と西日本旅行をしてきて、その時の地図を見せてもらいました。
孫良さんは「九州に行って来た」と言っていたのだけど、実際は大阪から中国、四国とまわっていたのに驚き。
それには理由があって、孫良さんの場合は記憶にも障害があり、日々リハビリは頑張って、歩いたりしているのだけれど、一人暮らしのこともあってか、記憶がうまくいかないらしい。
お友達との旅も、前半までのことはあまりよく覚えていないが、後半
九州に行くまでに、脳、そして記憶のリハビリが進み、だんだん覚えられるようになった、ということだ。

私もそうだけれど、身体を動かし、人や景色と関わりを持ちながらやっていたこと、過ごしていた日のことは、わりと鮮明に思い出せるが、最近のことなのに、さっぱり思い出せないような日もある。

剛さんや孫良さんのような、障害のあるお友達は、実は初めてだ。
本人たちは、もともとは健常者だし、障害を持ってから人が離れていったり、理不尽な思いをしたり、やりたいことができなかったりする、いろんな戦いがあるのだそうだ。
でも仲嵩の家の人たちは、二人と対等に接していた。
障害者という違和感は、微塵もないように感じた。
だから私も、ただの友達として付き合わせてもらっている。
特別に助けなきゃとか、かわいそうとか、そう思ったことは、本当に一度もない。
それは彼らや、彼らの周りの人たちのすごさだと思う。

夕食後、みんなノンちゃんに差し入れで持って行きました。
ノンちゃんも孫ちゃん倶楽部会員に入れられていました。
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2008年11月19日

お父さんお見送り

仲嵩のお父さんが、農業委員で那覇に出張に行く。
一週間ほど行くとのことで、この日がお父さんとのお別れの日。
お母さんと一緒に、空港にお見送りに行く。

マッサージも、ご飯も、結局初めの一週間くらいしか一緒にできなかったし、
冗談や奇抜なことを言ってからかわれたり、耳毛を抜くよう頼まれたり、
私にとっては理不尽に感じて、正直どう対応したらいいのか困ったこともあったけれど、このお父さんのおかげで与那国に滞在でき、たくさんの経験もさせてもらえたのだ。

どうもお世話になりました。ありがとうございました!

空港では農業委員の打ち合せがあり、その後すっと空港内に入ってしまったので、一言しか言えなかったけれど、今あるのは、本当に、ありがたいという気持ちだけ。
伝えるのはいかほどに難しいことだろうか。
伝わらないことで、気を落とすことも、私にはないのだけれど。


見送り後、天気は悪くなり、のんちゃんたちと畑をやる予定でいたが、にわかに宴会に。
私は剛さんから、菌を使った土づくりについて教えてもらう。

その間、もりやんと福仲さんで仲嵩家の雨漏りを直していた。
さらになんと、私には島草履と髪止めのプレゼント。
ゴミから発掘してくれた。嬉しいなあ。

松村さんからいただいたお土産を、ともえさんとお母さんにことわっていろんな人におすそ分けさせていただいた。
posted by かわら at 09:25| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月18日

キャンプ

寝ても覚めても、剛さんが言って楽しみにしていたキャンプの日になった。

この日は、畑に散らばったパイプやネットをどかす作業を手伝ったのだが、作業中に剛さんにパイプがヒット…うわ〜焦った。
大事にはならなかったようだけれど、申し訳ないことをしてしまった。

昼は、孫良さんが来たので、一緒に昼ごはん。
差し入れの刺身。
さらに、畑のナス、ピーマン、ししとうを使って、ナポリタンスパゲティー。

いったん家に帰った時、郡山の松村さんからたくさんのお土産が届いていた!
米の1キロぐらいと言っていたが、5キロが二つに、りんごや柿がわんさか、ごんさい豆にモナカ、チョコレートなどなど、ものすごい量!
すぐさま電話してお礼を言い、仲嵩のお父さん、お母さんにも紹介した。

うぉぉ、こりゃあ、何かお返ししなきゃなぁ。
大きな期待を感じ、それはプレッシャーにせず、ありがたく受け止めたいと思う。

曇り空、たまにかた振りもする天気。
空気も肌寒くなってきたが、与那国の冬らしさを告げる日だったのかもしれない。
でも、元気に半袖の二人。

剛さんは壊れた机などを薪にして、火を焚く。

夕方からは、ノニの葉っぱを摘んで、鍋に敷きつめ、ケーキの生地を流し込んで鍋ノニケーキを焼いた。
さらに、畑の野菜カレー。

日が暮れたころ、たまちゃんとふみかちゃんがやってきた。
さらにノンちゃんも。
一緒にご飯を食べて、ちょっとお話をして。

与那国の人にとってはだいぶ寒い日だったらしい。
キャンプはやめて、みんな帰宅することに。
剛さんは、はりきって、ノンちゃんを送るついでに島をドライブしてまわってくれた。
posted by かわら at 23:05| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

ウラマチリ

前浜さんに誘ってもらい、ウラマチリへ行く。

マチリは、いわゆる「祭」ではなく、神様を祭る=祀のほうの儀式。
執り行われる約1ヶ月の間、四つ足(豚、牛、馬ほかカメなども含め)を食べない。
鳥や魚は大丈夫とのこと。

島の中みんながそうなるかと思いきや、儀式に参加する人でなければ、そこまで厳しいものではないらしい。
仲嵩の家でも、豚肉を炒めていたので聞いたら、期間中に島の中でつぶすのが良くないのであって、加工されているポーク等は特に問題ないそうだ。

そもそもは、マチリに向けて、神様に供えるために特別に豚や牛などを育てていた。
しかしマチリの前に、そのお供え用の家畜が死んでしまった。
その死んでしまったものをお供えしたところ、神様が怒り、様々な災いが起きた。
それ以降、四つ足を食べないという慣わしができたのだそうだ。

13か所でマチリをやる。
昔はそれぞれに司(つかさ)がいたが、継承などの問題で、今はたった一人、しかも普段は石垣に住んでいる司が13か所をまわっている。

マチリは何のためにやるのか?
ざっと聞く限りは、五穀豊穣や健康、安全祈願など全般で、それぞれのマチリに、特に何のため、というのが割り当てられているようだ。
ウラマチリは、牛・馬など家畜の健康と繁殖の祈願にあたるらしい。

貴重な機会をいただいて、ありがたい限り。
行く前に、潮水で身体を清めるのだそうだ。
潮水(なければお塩+水でよい)で口をゆすいだら良いとのこと。

はじめ、剛さんが連れてきてくれたところは、明らかに覗き見をしている感じだったので、本当に見ていていいのか不安になっていた。
しばらくして前浜さんが来て、中に招き入れてくれた。

特別な踊り、ということだったが、中学生の今度はお母さん方が、踊りを披露していた。
中学生がやっていた踊りがほとんどだったが、最後に豊年の踊りが披露され、それはなかなか面白かった。
小(笑)劇のような感じ。


最後のドゥンタになる前に、剛さんに呼び戻された。
ドゥンタは飲みながらずっと踊るらしい。

水をまきに行くと、ホウレンソウの芽が出ていた。
三日で芽が出るのは、やはりEM菌の力らしい。
me.jpg

嬉しい。
私の手で耕した土、まいた種から、芽が出た。
これはちょっと自信がついた。
私も、なんとか、百姓始められそうだ。
仲嵩さん、与那国のおかげ。
あらーぐ、ふがらっさ。
posted by かわら at 22:47| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

雨降り

種まきした次の日に雨が降ってくれました。
身体もだいぶしんどくなっていたので、休息の雨。

たびせんのお仕事をやる。
これこそ晴耕雨読。だね。

通路の畝立てをしたので、水がうまくたまってくれました。
ame.jpg
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2008年11月15日

ハルサー4日目

さて、ホウレンソウの次の種まき。

少し写真を撮りました。

SN390122.jpg
種と砂。

SN390123.jpg
ホウレンソウをまいた畑。
なかなかきれいですね。

hatake124.jpg
粗く耕した第一段階目の土。やはり粗いです。

ここから耕してレーキでかいて、土を作っていきます。

SN390134.jpg
こちらは畑のトマト。小さく実がなっています。
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2008年11月14日

ハルサー3日目

耕すのは、3段階ある。
まず、土を起こす。
これは、あまり深くやらず、全体を鍬で起こしていく。

草むしりした直後だと、まだ土がやわらかいので耕しやすい。
草むしりも、鎌で刈るより手で根からむしったほうが、耕しやすくなる。

日を置くと、上から踏むのもあるし、どんどん固くなって、耕しづらくなる。

次に、ボロ(馬の糞)の肥料を混ぜながら、細かく耕していく。
堆肥と土の攪拌。これで空気も含まれる。

3段階目は、クマ手(レーキ)を使って、土を平らにする。
これでさらに土は細かくなるし、堆肥との攪拌もすすむ。
太陽が芽に当たりやすくなる効果もあると思う。

ここまでしたら、耕す工程も終わり。
薄めたEM菌を全体に散布し、種をまく。
種は砂と混ぜて全体にふりかけるようにしてまくと、偏りなく効率よくまけて、間引きもしなくて済む。

種をまいたら、レーキでひとかきして土をかぶせ、最後にたっぷりと水をまく。

あとは芽が出て、大きくなるまで、見守り、水をやっていく。

そんな一連の、手でやる畑仕事をやらせていただいた。

本当にこれは、ありがたい経験だった。

3日目も、残り半分を耕した。
草むしりから2日置いてしまったので、だいぶ手ごたえが固い。
けっこう腰に来て、休み休みでなければとてもできなかった。

リエさんから連絡があり、もしや一緒にハルサーしてくれるのかしら、と思ったら、女の子を一人連れてきた。
滋賀出身のひろみちゃん、WOOFで西表で有機農業していたらしい。
おぉぉ、ウーファーか!無茶々園のまっちゃん以来、二人目。
今回与那国には、WOOFではなく与那国馬の手伝いをしに、1ヶ月滞在予定で来ていた。
それでリエさんとつながったわけだけれど、話を聞いて、それなら、と似たような境遇の私に、紹介しに来てくれたのだ。

連絡先をさっと交換。
また次に会えるかな。
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2008年11月13日

ハルサー2日目、土を耕す

前の日に初ハルサーしたからか、リエさんちで飲んだからか。
翌日はなんと起きたら8:30過ぎだった。
しかしこんなに朝寝坊したのは与那国に来て初めてだし、むしろこの頃は5:00、6:00くらいにはいつも起きだしていたから、自分でもびっくりだった。

剛さんから何件も電話が入っていた様子…
でもまぁ昨日も9:00集合だったし、大丈夫かなと思っていたら、剛さんは待ちぼうけして怒っていた。

初めからこれではまずいな…
真面目に働いて挽回しないと。

土を耕していたら、昼には剛さんも機嫌がおさまっていた。
良かったなぁ。

この日は誰も来なかった。
畑の土半分を耕す。
耕すのは、かなり身体にくる。
そうとう、体力が必要だ。
posted by かわら at 21:48| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

ハルサー1日目、比川のリエさんちへ

朝。お天気になって、畑日よりになりそうである。

ちょっと張り切って、自炊セットを持っていくことにした。
3人分のおにぎりも作った。
おにぎり用のご飯が足りなさそうだったので、自前の玄米を加えて炊く、玄米入りご飯。

剛さんは車、私は自転車、たまちゃんは走って畑に集合。

まずは畑の草むしり。
たまちゃんとおしゃべりしながら。
たまちゃんはさすが、手際もいいし力持ち。
しかも裸足。私もならって裸足。痛いけど気持ちいい!

剛さんは薬草、野草を採集。
畑にたくさん生えているのだ。

お昼、畑にあったゴーヤーやネギ、ニラなどなど使って、その場でままごと調理!
畑のエネルギー満点、天気もいいし、最高に美味しいご飯!

私は自炊セットが役にたって、それだけでとっても嬉しかった。
石垣でさんざ苦労して買って持ってきたガスボンベが、一回も日の目を見ないのかと思っていたのだ。
キャンプ欲求が満たされた。

さらに18日にキャンプする計画が立ち上がった。

休んでいると孫良おじーが来た。
剛さんと同じく、脳卒中で、今も右側が麻痺してうまく動かない。
それでも毎日リハビリをして、健常者と同じくらいの速度で歩ける。
すごいことだ。

もとはとてもおしゃべりな人だったらしいが、一人暮らしなので話し相手も少なく、言葉のリハビリは進んでいないとのこと。
これから話すリハビリついでに、畑に毎日来てくれるらしい。

話すのに不自由していても、孫良さんはとてもいい人だというのがわかる。
畑の手伝いもしてくれたし、差し入れもくれた。

みんなで助け合うのがとてもいい。

この日は草むしりをして、土おこしも少しすすめた。
たまちゃんは仕事が速くて、すごく助かった。

刈った草はみんな堆肥にする。
集めて外に積み上げた。
後でEM菌をかけて発酵させるとのこと。


帰ってから、比川のリエさんちに呼ばれて行く。
てびちのおでん鍋。ま〜さん!
しばらくは、ヤスさんと、リエさん、3人で鍋を囲み団欒。

あゆみちゃんも来て、ともえさん、たまちゃん、ふみかちゃんと、ほとんど女の園。
本当は、もりやんも来る予定だったのだけれど、体調不良でお休み。

リエさんちには、テトという小さな爺さんパピヨンがいる。
ヤスさんとは犬猿の仲である。

そのテトと、真夜中近く、あゆみちゃんと散歩して浜へ。
やはり、比川浜の夜は好きです。
ちょうど満月も近くて、明るい。
4月を思い出すなぁ。
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2008年11月11日

お休みの日

マラソン後立てつづけに忙しかったので、昼過ぎまでぶっ倒れていました。
与那国に来てから、無休で動きっぱなし!
おかげで大充実。
これも仲嵩さんのおかげです。

誘われてもできないことも多くなってきている。
特に、舞踊や民謡はかなり興味はあるけれど、畑をメインに来たのだし、できそうにない。
というか、畑をそろそろやりたいぞ!

マラソン後、台湾のイベントの2日間、ずっと強い風と、雨。
すっかり、与那国の冬の天気になっているそうだ。
なので、畑をやろうと思ってもできなかったし、焦る気持ちもないのだけれど。

剛さんから、明日から畑をやるか、との声。
よっし!とうとうやるぞ。

たまちゃんが来た。もう駅伝にむけて走りだしているらしい。
しかも来年は24キロに出場するとのこと。
東崎のほうを練習しているんだって。元気だなぁ。
私なんて、マラソン後、まだ1回も走ってない。

たまちゃんは明日休みらしく、一緒に畑をやることに。
楽しみだ!
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2008年11月10日

鍛えられてます・2日目

台湾との国境交流シンポジウム2日目。
あだんに8時過ぎに行く。
この日はこの時点で疲れていた。

あだんで一息つく間もなく、開始。
リエさんも来て、昼にはそば、夜にはクバの葉のお膳。

御膳の献立を覚えている限り書くと…

・小鉢もの(長命草の葉で小皿替わり)
長命草の味噌和え(「す」という)
ニガナの白和え(島豆腐なので、あまりゆるくない感じ)
イリチー(ニンジン、タケノコ、昆布、こんにゃくなど)

・お寿司(ヤシガニ、カジキと白身のあぶったやつかな?)
・海老(生、もしくは60度の花酒を燃やしてあぶる)

・カジキのから揚げ
・ヤシガニの汁そば

・チバティの天ぷら
・ノゲシの天ぷら
・かき揚げ

他にもいろいろ!

いやはや、この日は本当に疲れた!
でもご飯は本当に好評で、クバの葉御膳の演出も大評判。
さらに、エイサーで出演。
仲嵩ファミリーの底力で、かなり大盛会だったのでした。

これを手伝えたのは、特権だったね。
ありがとうございました。
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2008年11月09日

鍛えられてます・1日目

台湾との国境交流にむけ、海洋タウンミーティングが開催。
マラソンの翌日である。
役場の人たちは、まったく休みなしだな!
私も、昼からお手伝いに。

会場の設営などお手伝いするのかと思いきや、出席者に出すご飯のお手伝い。
前浜さん、ともえさん、まつみさんと。

葱や柿の切り方から。
普段から自炊以上にお三度さんまでやるくらいなのに、先輩がたにかかってはもう初心者同然。

あゆみちゃんもやってきた。
あゆみちゃんは、テレビ局のADさん。取材で与那国島に来た。
滋賀県出身の、まっすぐでかわいい子。
取材は島の人と持ちつもたれつ、ということで、撮影の合間に、役場でいろんなお手伝いをしているのだそうだ。

夕飯用の用意の途中、中学生たちがやってきた。
昨日のマラソン大会では、給水ポイントなどでのお手伝い、それに、懇親会での出演。
そして今日も!
与那国の中学生たちも、大忙し。
スーパー中学生なのです。

前浜さんは踊りの先生もしていて、中学生の着付けをして、髪をセットして、メークして。
普段は役場の仕事で、家では牛も飼って、キビ畑もやって…休む暇がきっとないんだろう。
でも、根から落ち着いた、面倒みの良さがある。
島の内外の人たちからの、厚い信頼を感じる。

私も本当にお世話になっているし、少しでもお手伝いしようと思う。

マラソンの次の日で、しかも台湾の人のためのご飯もつくったし、御膳出しもして、半分接客のようなことをして、さらに片付けまで。
まさに働いた!という感じで、疲れたけれど、キッチンでずっと、美味しいものをつまみ食いし、あゆみちゃんとおしゃべりして、楽しいお手伝いでした。

夜10時から、さらに、翌日にひかえた台湾とのシンポジウム後の懇親会で発表するエイサーの練習。
みんなよくやる。
でも初めてのエイサー&カチャーシー練習は楽しかった。
posted by かわら at 20:04| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月08日

完走文

与那国一周24キロマラソン、完走!

もりやんから、感想(完走)文を書いたほうがいい、と言われたのもあり、初体験の24キロドラマを書いてみようと思う。

当日朝はバタバタと音をたてて雨が降っていた。
数日前から噂していた通り。
これは中止じゃないか?ともりやんと話していた。
つくづく、雨女だなぁ。

しかし8時の町内放送。
与那国一周マラソンのお知らせをたんたんと、13時スタート云々と話している。
えええ?これでやるんだ。さすが、普通じゃない、与那国島。
ある意味、裏切らない。

9時、マラソンの受付開始。
もりやんに与那国中学校(略して与中)まで送ってもらう。
受付の引き換えに、ゼッケン、大会の帽子とTシャツ。これがなかなか上等。
加えて資生堂がスポンサーなのか、シャンプー&リンス(これはたまちゃんのお家にプレゼントした)と栄養ドリンク。
さらに、そば、天ぷら(沖縄の天ぷらは内地のと違い、生地の部分が多い)、おさしみとドリンク2本(お酒も可)分のチケット。
かなりお得である。

雲は重たいままだが、だんだんと雨は小降りに。
マラソン数日前から、急にすずしくなっていたが、雨も降って肌寒い感じもあるくらいだ。
身体を冷やさないようにしないと。

出発前、あだんでお汁粉をご馳走になる。
豆やタピオカが入っていておいしい。

あだんで働くまぁちゃんも出場。
やはり福仲さんに誘われ、出ることにしたとのこと。
沖縄にいたときはハーフマラソンなどの大会に出ていた。
しかし!なんと直前にぎっくり腰になってしまったのだ!
それでも走るという。

あだん宿泊の北海道出身の山内さんとも話す。

福仲さんとともに、再びスタート地点となる与中へ。
福仲さんとしては、少し早かったみたいだ。
ストレッチなどして待つ。

開会式が始まる。
なんとブラスバンドのファンファーレ付きである。

13時前にスタート地点へ。
本来は与中のグラウンドを1周してスタートらしいのだが、朝の雨で水たまりになっているため、キビ畑の間の地点に移動。

みんなどういう風に走るんだろう?
見当もつかない。
スタート前の、微妙な緊張感、高揚感はあるけれど、基本的にリラックスムードだ。

カウントダウンが始まり、5秒前・・・・パーン!
約140人が走りだす。
みんな、力を温存しているのか?
スタートはわりとゆっくり。私はいつものペースで走りだす。
しかし、昨年も1番の男性だけ、めっちゃ速い!
うわっ、はや!思わず声をもらしてしまった。

雨上がり、気温が上がり始めてむわっとする。
2キロ地点近くで、東崎の登り坂。
走り始めの水分補給が足りなかったのか、妙に渇いて熱い。
この地点でリエさんに抜かされる。

でも、東崎までは特に、いつも練習していたコース。
見晴らしもよくて、気持ちいい。

初めの給水ポイントで、昨日与中の体育館前で話した、体育の先生、仲田さんがいる。
スポンジの勧めを断って、お水一口もらって、先へ。

東崎を抜けると、もうなんだかどうでもよくなって、焦らず楽しんでいこうと気持ちがふっきれる。

3キロ過ぎて、長い下り坂。
リエさんに教えてもらった通り、身体の力を抜き、ぽーんぽーんとばねを使って飛ぶように下りる。
下りの重力を利用するので、かなりスピードが出る。
膝や腰への衝撃が少なくなるよう、姿勢に気をつける。

5キロ地点、ここから登り、下りのオンパレード。
明らかにキツそうにしている人が多い。
辛さを伝染されそうになりながらも、息を整えながら進む。

タイムを計っている人がいて、女子の4番目だよ、と教えてくれた。
わ、ほんとに?!
まぁ入賞は難しくても、10位には入れるかな。。。なんて期待をふくらます。

5キロごとにタイムを計ったり、順位を記録したりしている。
だいたい子供が、ゼッケンを見て、メガホンで「132!」などと報告していた。

さてそろそろかな?
ドンドンドンドン…と応援の太鼓が聞こえてくると、やはり、仲嵩家ご一行が応援のため沿道に来てくれていた。
ともえさん、もりやん、お父さん、お母さん。
「ゆっか!もっと走れ〜!」
相変わらずのお母さんの声援に笑ってしまった。

7.5キロ地点、給水ポイントに壮太君が。
「おぉ、はやいはやい。ナイスファイ!」と声をかけてくれた。
いい子だなぁ。
アクエリアスをぐびっといただく。
「ご馳走様!」

しかしここで調子よく飲みすぎ、お腹が痛くなった。
そのまま比川方面へ。

だいぶペースが落ちてきたのか、女性ランナーにも一人、また一人と追い抜かされる。
ついていこうとするが、追いつかず。
私のマラソン調整期間は1週間。普段から走っている人にはかなわない。
ペース作りはまだこれから先の話である。

10キロ地点で、タイムを教えてくれていた。
ここで59分と2秒。
なかなかのタイムである。

「もうこの先はほとんど登りがないから、楽ですよ」
追い抜かされ際に、男性のランナーに声をかけてもらう。
お〜、ランナーどうしで、こういう会話もあるんだね。
24キロは、やはり楽しんで走るもんなのだ。

与那国1周マラソンは、アップダウンがきつく、フルマラソン、もしくはウルトラマラソンよりもキツイという人もいる。
ある意味、他のマラソンとは違う競技なんだろう。

比川の長い下り坂に入る前、沿道で応援してくれているおじーが車でラジオをかけていて、ちょうど2時の時報を聞く。
さて、東半分も過ぎたし、タイム内のゴールはできそうだから、あとはゆっくり走ろう。
長い下り坂は、バネ飛び法ではなく、小またでゆっくりと下りて行った。

比川に入ると、老若男女、ちびっこからおばーまで、太鼓や鳴り物をもって声高に応援してくれる。
名簿があるのだろう、「大河原さん、がんばって!」と呼んでくれる人も。
ありがとうございます!

給水ポイントだけでなく、いろんな箇所で応援してくれる島の人たち。
声をかけられると、やっぱり元気になって進める。

さて、12キロ地点。あと半分。そして、先週日曜にリエさんと練習したコースに入る。
よっしゃ。がんばるぞ。

また一人、一人と抜かされながら、久部良方面へ。
1時間、10キロを超えたあたりから、汗で服が重たくなり、肌も塩がふいてかぴかぴしてきた。
ここから先は未知の世界である。

給水ポイントがあるが、飲み過ぎてしまったので断り続ける。
中学生や子供たちが、雨でぬかるみ、また強い日差しの中ですすめてくれるのに、断るのは申し訳ない気持ちになるけれど、遠慮して飲めるほどの余裕はない。

久部良でもまた、島の人たちの声援。
ここから祖納までの道は、普段からも交通量が多いだけあり、車が横を通ることが多くなった。
排気ガスがキツイ。
さすがに苦しく、ゆとりがなくなってきたのか、心の中で車に悪態づく私。
あ〜、こういう嫌な自分もみんな、汗と一緒にぬぐえたらいいのに!

おそらく18キロ地点近くだったと思う、声援をかけてくれた自転車を見ると、「日本一周」の文字。
おお!こんなときに会うとは!
「日本一周、私もしました!どこから?」と聞くと「僕ももうすぐゴールです」というお返事。
島の人なのだろうか?そんな感じはしなかったけれど。

まいふなの工場近くで、もろみ酢を配っていた。
給水は断って来たけど、もろみ酢ならいいのかなぁ。
うー、一気には飲みにくい。
ちょっと後悔したけど、飲んで先へ。

19キロ。もうすぐ空港。あと5キロ!
この数字のカウントダウンが、支えになり始める。
先のほうに見える製糖工場や、ティンダハナタ、通ってきた東崎の灯台を眺めて、距離を確認する。

自転車の峠越えや、ニャティティダンスのライブと、同じような感覚を覚える。
限界を感じながらも、あと少し、もうちょっと、と自分に鞭うって進んでいく。
おそらく、何かを乗り越えるとき、私はこうやっていくんだと思う。
こうして思い出せる経験をしているのは、なんとありがたいことだろうか。

しかし、人間はやはり不自然な生き物だ。

本来、生き物はみんな、何か苦労をしないと、生きて子孫を残すことができない仕組みになっている。
なんだか非合理的なようだけれど、自然はそうやってバランスをとって、美しい地球を持続しているのだから、全体で見たら合理的なことなんだろう。

人間は、少しでも楽に、便利になったら、と、今の社会を作ってきた。

さてマラソンだけれど、他に、好んで真剣に、わざわざ辛いマラソンをする生き物がいるだろうか?
おそらく、人間は積み重ねた工夫の結果、生きるのに必死にならずにすむようになったけれど、本当なら「苦労しないと生きられない」から、マラソンなんかするようになったんじゃないかな。
どうだろう?
私ももれなく、そんな人間の一員です。

さらにペースが落ちたのか、また一人、一人と抜かされていく。
割と上位クラスの女性がいるゾーンだったらしく、久部良からゴールまでで、3,4人の女性に抜かされ、もしかしたら、と思っていた女子10位入りはなくなった。
お母さんに、「10番以内に入らなかったら、もうご飯あげない」と言われていたのだ。
これで仲嵩さん家ともお別れか…なんて。

アイランドホテルの横の、だらだら登り坂。
確かに、今となってはキツイかな。
少しずつ登っていく。
観光客の人が、声援をかけてくれる。
「登り坂きついですね!」もう話しかけられても、応対する余裕はない。

さぁ、祖納に入った。
声援に応える余裕がない。

しかし、診療所の近くに、たまちゃんが!
わ〜!嬉しい!さすがに笑顔になった。

なんだか足がつり気味だ。
でもゴール目前。あとちょっと。

小学校から与中に入る登り坂。
えっちらおっちら登っていると、沿道のおばーに、「あと10分だ、がんばって」と言われる。
そんなに走っていられないよ!

ゴール目前。グラウンドが見える。
先にゴールしたリエさんが、私を見つけて「あとちょっと!頑張れー!」と激励。
よっし、最後だ!
残っていた力をひねり出し、足をあげて走る。

グラウンドの入口が見え、あ〜、帰ってきた、と思うと、なんだか涙が出そうになった。
もりやん、ともえさんが待っていた。
「帰って来たよ〜!」手をふると、ともえさんが「あんたまだ余裕だねぇ」と言う。そんなことないのですよ。

グラウンド一周に入る。
「132番、大河原さん。福島からの参加です。」とアナウンスを入れてくれた。
グラウンドは水浸しで滑りそう。
足を跳ね上げながら、ゴール!

あぁ〜〜
迎えてくれたリエさんにお礼を言い、裸足になって歩きまわる。

戻ってこれて、良かった〜
完走できた、喜びはこれにつきる。

足も腕もしびれているし、今にもつりそう。
グビグビと水分補給するが、お腹が張って気持ち悪くなるばかり。

そうやっていると、福仲さんがグラウンドを走っている!ゴール。
なんと、私と福仲さんは順位が隣同士だった。
足の指をねん挫しながらも、完走した福仲さん。

そして、まぁちゃんも、完走!
ものすごい根性である。

走り終えた後の、身体のキツサは、どう例えたらいいのだろう。
何をするのもきつい。じっとしていても、しんどい。
しかし、1時間後には、ある程度おさまっていた。

足も腰もかなり痛かったはずだけれど、来年ももし、チャンスがあるのなら走りたい、と思ってしまう。
この与那国一周マラソンの魅惑って、いったい何なんだろう?

第16回 日本最西端与那国島一周24kmマラソン 2008年11月8日(土)開催。
2時間38分2秒で完走!総合第46位、女子総合第11位!
がんばりました、ありがとう!
posted by かわら at 22:16| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

東崎の朝

明日がマラソンの日。
連日、ばたばたと体力も使っているし、休もうとも思ったけれど、朝、念願の一つ、東崎の日の出を見がてら、ランニング。

SN390113.jpg

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東崎は、与那国で一番好きな場所かな。

マラソン事務局の方に、お手伝いするとは前々から言ってあったし、役場に出向いた。
午後から与那国中学校で作業すると言われ、待てど暮らせど、事務局の人は来ない。
これが与那国時間なのかしら。
結局3時間待って、来なかったので、最後のマラソン練習へと帰る。
posted by かわら at 22:06| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

折り返し

石垣から与那国に来るまでを、振り返って書いていたが、与那国に着いてからが、どうも番狂わせにあったような気がして書けなくなった。
実際は、想像以上にいろんなことをしていて、きっと良い日々なんだ。

振り回してない?とともえさんにもさっき聞かれた通り、確かに、振り回されているようでもある。
でもけっしてそうではないし、意味のある総合学習だ。

疲れるし、おかげでイライラもするけれど、それは真正面からの自分の修行。
さぁ、折り返し!
焦らず、たのしむぞ
posted by かわら at 12:56| Comment(0) | 与那国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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