2008年04月19日

与那国1日目、ふくやま

歩いている途中で見かけた謎のバケツ。
こういうバケツが、いろんなところにある。
だいたい畑の近くにあるみた。いったいなんだろう。

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結局、慶太君、トモ君の泊まる祖納(そない)のふくやまに泊まることにした。
石垣のフェリー乗り場や、与那国行きの船の中で話題に出ていた「おじーの家」は、人でいっぱいという話に対し、ふくやまは、男性客は満員だが女性は一人もおらず、部屋は貸し切りだった。

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ふくやまの車。
見た目が良いか悪いかは別として、オーナーさんと宿泊客の仲の良さが聞かずともわかる、という感じ。
私は、こういうのわりと好きです。最近は特に。


慶太君と夕飯の買い出しに出る。
スーパーでスドチンと遭遇。慶太君とスドチンを紹介し合う。
スドチンもおじーの家にいるらしい。


ふくやまの管理人、マキヤさん。
彼も、雨島に通ずるような、一風変わった雰囲気のある正直者のようだった。

慶太君から、宿にご飯を作れる人がいない、と聞いたので、とりあえずみんなの分を作ってみた。
麻婆豆腐と、適当な野菜炒め。
とりあえず食べてくれた。

マキヤさんはその様子を見て、居酒屋さんで人手が足りてないんだけど、ゆっくりできるなら働かない?としきりに言ってきた。
与那国は、なんだか惹かれるけれど、期限付きの旅だからなぁ。
ちょっと今回はできないですね。


その晩、マキヤさんはヤシガニ取りに連れて行ってくれた。
もともとは、名人同行の予定だったが、風邪をひいてしまったらしい。

先に与那国入りしていた魚のお姉さん(勝手な命名ですが)こと、しのさんと連絡がつき、一緒にヤシガニ取りへ。

しのさんを、トモくんと迎えに行く途中、何やらスーパーふくやまの近くで太鼓の音がする。
覗いてみると、お祭りの練習だろうか。
青年、少年たちが太鼓をたたいたり、剣を持って舞ったり、普段着ではあるが、かなり本格的、真剣である。
かっこいいなぁ!惚れぼれしてしまった。


ヤシガニ取り。ヤシガニは山にいる。
靴は迷ったが、山を素足で登ったという歩さんの話を聞いたので、ビーチサンダルだけで来た。
それはマキヤさんとしてはあり得ないことだったらしく、「やっぱり女の子はたいへんだなぁ(面倒くさいなぁ)」と、適当なスニーカーをどこからか出してきてくれた。

宿のみんな総勢10名弱での夜の探検。
山に入るとき、マキヤさんが、「名前と干支を言ってごあいさつするんだよ」と教えてくれた。
きちんと帰れるように、お願いするのだという。

しばらく行くと、マキヤさんがいなくなった。
どうやら、内緒のヤシガニポイントに行ったのではないか、ということだった。
こちらは、結局1匹、子供を見つけただけだった。
一人、踏んでしとめようとしたが、しのさんが咎める。
まだ子供だから、そのままにしてあげよう、ということで意見が一致した。

ヤシガニは、ハサミの力が強く、子供ヤシガニに棒をつかませて持ち上げたり、一通り遊んでいた。

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そのまま、山を抜け、元来た場所へ。

なかなか素敵な散歩だった。


明日は満月で、東崎(あがりざき)から見るときれいだよ、とマキヤさん。
posted by かわら at 22:07| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西表のちヨナグニ

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アジアの極東、日本の西果て(さいはて)の地、ヨナグニに来た。
外周27キロ。
チャリだとあっと言う間にまわってしまいそうだったので、石垣に置いて、歩くことにした。

14:30頃に到着。
ほかの島と雰囲気が違う。

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同じ船にいたスドチンが、日本海っぽいと言ったがまさしく。
人たちも、南のなつっこい感じではなく、なんとなく恥ずかしがりなところがあるみたい。

でも、大きな荷物で歩いている私を見て、車に乗るかと聞いてくれる人も。
優しいなぁ。

港に着いて、お腹がすいていたので、まずカレー屋のゆきさんちへ行く。
西表プーラのまちこさんの紹介。
ヒロミさんの娘のタピワちゃんが小さい頃、来ていたりしたらしい。
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久しぶりに、かなり奮発して外食。
優しい、トマトベースのカレー。
しまとうがらしと一緒に。
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フェリーで一緒になった青年の友達、女性二人とも北海道から仕事でヨナグニに移住していた。
距離はあるけど、タイプとしては自然な選択かもしれない。

さて、2000円の宿に泊まるか。
悩みものである。


八重山にてもらった、ガーラという魚の名前。
アジのことらしい。
そりゃ、うまいはずだよ!

ヤシガニは、山や牧場に、毎晩出るらしい。

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ゆきさんちの前にいた猫。
posted by かわら at 20:22| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雨島。

石垣に帰り、与那国への準備。
自転車を置かせてもらいに、コスタへ向かおうとしていたら、チャリダを発見。

青いバンダナをした、少し内気そうな青年である。
八重山にはどのくらいいるのか、とか、世間話をしているうちに、これはなんだか、、、もしかして

この男こそ、なんと、雨島だったのである!
ここで会ったが100年目!ではないが、そのくらいの気分。小口の因縁ここにあり!
嬉しくてはしゃいでしまった。

特に予定がない、という雨島に、コスタまで付き合ってもらう。
歩さんは出かけていて、あさこさんがいた。
あさこさんは、コスタでお手伝いをしているのだ。


雨島は一風変わった男だった。
それは本当に心から正直者、という証拠だった。
八方美人に格好つけて、うそぶく癖の抜けない私の目指す姿。

東北の道中に投げつけられた、ラブレターを持ったスヌーピーを首から下げていた。
投げつけた人は悪意なのか、好意なのか。
でも、東北から八重山まで、そして帰路の新潟まで、大事な雨島のお供だろう。
「そのスヌーピーは?」と聞くと、「ズヌーピー」と正された。
ちょっと汚れてしまったからだと言う。

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「雨島」というのは、良ちゃんのつけた独自のあだ名で、本人は青木の青ちゃんと名乗っていた。
また、雨島も、私のことを、良ちゃんだけが呼ぶ「かわらん」と呼んだ。

「雨島」の由来は、彼が島にいると雨が降るから、である。
なので、悲しいかな、彼は、島に入ると雨が降り、船が欠航、島から出られない。

雨女の私と、雨男の雨島が、二人とも島にいたらどうなるか。
しかし、出会ったその日は、雨ではなかった!
つまり、雨×雨は、晴れ?!キャンセルになるということかな?

石垣を出るのは同じ船。島流しは困るので、よかったじゃないか。


歩さんも帰ってきて、雨島を紹介し、自転車を預けて、リュック一つで与那国へ。
歩き旅である。


与那国行きの船の中、約束していたみくさんは見当たらなかった。
島に入ってからメールが返ってきたが、波照間で島の人に拾われ、まだ未消化とうことで残っているのだそうだ。
旅はそうでなくちゃね。みくさんらしい。

船の上には、スドチン、きゅうさんなど知った顔がいて、そこから知り合いの知り合いの、、という感じで、なんだか和気あいあいとしていた。
船が揺れるので、グロッキーになっている人が多かったが、私はなんだか連日船旅のような感じなので、だいぶ慣れてしまって平気だった。

島が近づく。

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船の上で知り合った、鳥取の大山(だいせん)からきた久美子さん。
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世界一周チケットの存在を、今年の3月にTunapendaの学習会で知ったのだが、彼女もそのチケットで一周をしていた。
ピースボートも良いけれど、このチケットはだいぶ割安だし、一人で行くことに抵抗がないなら、世界一周したいと言っている妹にすすめたいと思った。

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posted by かわら at 19:39| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西表を出る。

夜、改築中の二階に、寝袋で入らせてもらった。
しかし、何やら、一階からずっと物音が…誰かいるのかしら??
気になって眠れない。

勇気を振り絞って、誰かいるんだったら返事して、と言ったが、反応なし。
トイレに行きたくなってきたので、下に降りてみる。

ガサゴソ!むむむ?!もしや…
姿は見えなかったが、物音の犯人は、どうやらネズミか何かの動物らしかった。

気が抜けた。
もう外は夜が明け始めている。
少し眠れるかなぁ。
しかし、朝一のフェリーに乗るのであまり時間はなかった。


ひと眠りしたかしないかで、起きだして出る準備をする。
毎度そうだが、私は支度に時間がかかるほうなのだ。

6時頃、石原さんの妹さん(悟さんの奥さん)が、差し入れにおにぎりと麦芽豆乳(美味!)を持ってきて、見送ってくれる。

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お世話になったマナの店を出る前に記念撮影。
微妙に自転車も。

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ゆうわむら はマナの店と併設しています。


古見から大原の港へ。
工事現場の横をまた通り過ぎるが、さすがにこの早朝には人はいない。

はじめ、縦断をするつもりで、西表には自転車を持っていくか迷ったくらいだったが、大活躍だった。
いろいろ回り回って、良い旅ができた。
posted by かわら at 19:17| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月18日

西表延泊、島を一周、マナの店

4月18日

明日から与那国へ行くため、フェリーで石垣に帰る予定だった。

お世話になった南風見田キャンプ場の皆さんとお別れをする。
フェリーが出るまでの間に、西表散策をしよう。

ヒロミさんが紹介してくれた、古見にあるという「マナの店」を訪ねることにした。
行ってみると、休業中というか改装中で、やっていないようだった。

一応、一声かけてみよう。
改装作業をしていたお兄さんとお姉さんが出てきてくれた。
ヒロミさんの紹介、というと、あぁ、この前演奏してくれた…と思いだしてくれた。
でも、仲が良いのは、お母さんのほうらしい。
マナの店は家族でやっているそうだ。

お兄さんのうち一人は、自転車が好きらしく、好意的にお話ししてくれた。
写真を撮ったりしているうちに、少しうちとける。
今日のフェリーで帰ると言うと、せっかくだから島を一周してみたらいいのに、
ここの二階でよかったら、一晩泊めてあげるよ、という。
おおぉ、ありがたい。

確かに、明日朝一の高速船に乗れば、与那国行きのフェリーには間に合う。
荷物を置かせてもらって、島の端まで行ってくることにした。


そんな話をしていると、なんとチャリダが現れた。
おじいちゃんである。
黄色いヘルメットは、強化プラスチックなのか、こう言っては失礼かもしれないけれど、すごくかわいらしい。

私を見ると、嬉しそうに止まって、降りてきてくれたが、足がふらついている。
大丈夫かしら?!
石垣のトライアスロンに参加して、足腰にきてしまっているらしい。
ここから大阪まで、陸路で帰るそうだ。すごいガッツだ。

石垣からは、私と同じ船で沖縄へ戻るようだ。
大阪には、5月5日にライブがあって行く予定を告げると、わしも…と言い出す。
気持はとてもうれしいが、正直、かなり無理のあるスケジュールなので、お勧めできない。

そうこうしていると、今度はバイクのお兄さんもやってきた。
おじいさんたちは、上原のほうにあるキャンプ場に泊まっていた仲間だそうだ。

なんだか続々と人が集まってきちゃったぞ。
もうお昼近いし、島の端に行って往復すると、時間としてはぎりぎりだ。
これから端まで行って帰ってくるというと、おじいさんも、バイクのお兄ちゃんも、無茶じゃないか、と言う。
とりあえず、行ってみよう!

行ってきます!と言って、出発。


間もなくユブ島が現れる。
BIGINの歌に、「おーりとーりのユガフ島」という曲があるが、八重山に他に似たような名前の島はなく、この島のことかと期待していた。
しかしどうやら違うようである。

ユブ島は、爺婆が観光で行くところ、と言われたが、それも一人の人の努力による復興の歴史があってのことらしい。
一時天災か何かで廃れてしまったが、水牛に乗れるので西表の代表的な見どころになった。


そして、石垣行きの船で出会った、エコヴィレッジ西表で勤めるけいこさんに会う。
お昼前で、お客さんがそろそろ来る時間帯なので、あんまり話すのもな、と思い、挨拶だけして帰ろうとすると、お店の人がなんとお茶まで出してくれた。

けいこさんと少しお話する。
オーストラリアでのワーキングホリデーの様子を少し聞く。
鎌倉の龍さんやかおりちゃんも、オーストラリアで自然と人との関わりを学んだと言っていた。

地図で見ると、オーストラリアって、本当に東南アジアに近い。
まだ一度も踏み込んだことはないけれど、いつか行けるような気もする。


西表温泉を横目に、進む。
古見岳を囲む、島の北東部は、一番アップダウンのある場所のようだ。

昔、鹿児島の今の桜島があるあたりで、昔大きな噴火があり、その飛散物のせいで屋久島や沖縄までの島々の北側は隆起した地形になった、という話を聞いた。
ここまで離れると関係ないような気もするが、確かに西表も石垣も、桜島方面の地形が高くなっている。


マングローブのような(マングローブなのか?)木々が生えている。
ものすごい引き潮で、干上がった部分を人が歩いていた。


上原。ここに、またヒロミさんが石鹸作りを頼まれている、ぷーらという店がある。
通りを注意してみたけれど、見つからなかった。


西表縦断コースの入口、浦内川を過ぎたあたりで、クラクションを鳴らす車。
マナの店のお母さんだ。
とても優しそうな人である。
挨拶をして、進む。


トンネルを通って、終点の白浜。
ここで道は終わり。
古見から2時間くらいで来た。

船でしか行けない場所があって、と、今野さんが言っていたあたりだろう。
杉山さんの息子さんが、パナリ島に行ったと言っていた。
無人島になるらしい。

ジャングル探検的な面白さがある場所なんだろう。


道の端は、墓地になっていたが、墓石が沖縄ではなく内地の形式だ。なぜだろう。
眺めていると、自転車に乗ったおじさんが来た。
挨拶、少しお話。
このおじさんも旅をしていた人らしく、ここで住む場所を探したが、島の人は外の人をなかなか受け入れてくれなかったとのこと。
白浜のあたりは、昔、西表が栄えていた頃、外から出稼ぎに来ていた人が住んだ場所で、島の中では、外の人も住める場所なのだそうだ。
なるほど、そういうわけなのか。


おじさんと別れ、昼食をとる。
学校があって、バスケか何かを先生と生徒がしていた。
きっと合同学級なのかな。

地図で見ると、白浜は山側にもう一本道があるようだったので、そちらを通って帰ろうとした。
道を聞いて、行ってみると、立ち入り禁止になっていた。
昨日の嵐で、土砂が崩れたらしい。


帰りは少し、ゆっくりと寄り道していくことにした。
干立近くは、他の場所のように海岸沿いではなく、少し中を通るので、道の左側にジャングルが見える。
ちょっと気になって探索していると、お宮があった。
入って行き、お参りして戻ると、赤ちゃんを連れたお姉さん。
そしてしばらくすると、カメラをかまえたおじさんがやってきた。

このおじさん、この土地を研究するのに来ていた。
琉球の時代に使っていた、水路の残る場所だった。
何気なく見過ごしていた石が、実は儀式に使うように人が作ったものだった。

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水路の岩。溝が掘ってある。

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歴史の貴重な財産を見させていただいた。

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おじさんは、またこの水路を使ったらいい、と島の人に話しているそうだ。
実際は、なかなかうまくいかないのだろうけれど。

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私が水路の跡と勘違いした、ヤシの幹の輪切り。
不思議な茎をしている。
ヤシは、単子葉植物らしい。


すごい場所に来てしまった。
このおじさんとも、たまたまタイミングが合わなかったら、聞けなかった話だ。
今日もなかなか、面白い発見をした。


帰ってからこの話をすると、石原さんが、干立と、古見周辺が、西表の中でも一番古い集落だと教えてくれた。
西表は、琉球の時代は石垣よりも栄えていたのだそうだ。


干立の海岸を少し歩く。
波で削られて、不思議な地形になっていた。


上原近く。
星砂の浜にはあまり興味がなかったが、少し入ってみると、ささやかなぷーらの看板を発見した。
行ってみるか。


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ぷーら。

マナの店もそうだが、かわいらしく整ったたたずまいである。
このあとに行った、与那国のカレー屋さん「ゆきさんち」も、ヒロミさんのつながりで行ったお店はみな、そんな様子で、手の温もりと、センスの良さが両立していた。
改めて思い出すと、その雰囲気は、ヒロミさん自身にも共通している。

お店に入ると、例の、ヒロミさんがこねて作ったらしい廃油せっけんが置いてあった。
忙しそうだけれど、お店の人に声をかける。

ヒロミさんとの関係を告げると、マチコさんは、あの人は顔が広いから、と、それでも友好的にお話ししてくれた。
ポストカードを買う。こういう雑貨屋さんで、旅の間に何か買うのは初めてだ。
八重山の島々のモノクロ写真で、一枚一枚印象的だった。
旅の間、連絡先を交換することや、手紙を出したくなることが多いが、このポストカードは重宝した。

マチコさんは、店先まで送ってくれた。
猫がいて、ちょっと遊んでいると、この子は与那国から来た、と教えてくれた。
与那国のカレー屋さん「ゆきさんち」を教えてもらう。

クチバシの赤いカワセミが、ピピピュピュ、と鳴く。
南風見田、西表にいる間、この声はどこかで響いていた。


だんだん日が暮れてきた。
今日は一日走ったうえ、ノースリーブで走ったので、ひりひりと全身日に焼けてしまった。

古見岳のまわりの海岸線、行きとは一変して、一面の水たまりになっていた。
マナの店の石原さんから後から聞いたが、大潮が近いときは、干潮満潮で風景がダイナミックに変わるということ。
まさにその通りの風景を目の当たりにして、西表の真髄をかじったような気分になった。


マナの店に着いたのは、19時頃だったか。
遅くなったね、と石原さんが迎えてくれた。

マナのお母さん、お父さんにご挨拶させてもらい、お風呂をお借りした。

石原さん、悟さんとしばらくお話。
自転車好きの悟さん、音楽も好きで、お家にはギターが並んでいた。

石原さんは、長野の伊那で大工を学んだと言う。
伊奈は旅の一番はじめに、お世話になった場所だ。
きょうちゃん、るりさん、どうしているだろうか。
posted by かわら at 19:11| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

嵐の後、南風見田

嵐が去って、みんながぽつりぽつりと外に出始めた。
確かこのタイミングで、ちょっとだけニャティティダンスをみさきさんと晴花さんとした気がする。
よく覚えてないけど。

晴花さんの旦那さん、ドイツ人のグナーさんと、二人の子供、タイヨウくんも一緒に遊ぶ。


南風見田から少し出ると海がある。
散策することにした。

石垣に着いてから、シェケレを作ろうとしていた。
シェケレはケニアのシェーカーで、ヒョウタンに石や豆、米粒などを入れたもの。
ヒョウタンはないので、そのへんに落ちている蓋付きの空き缶(ミニペットボトルのアルミ缶版のようなやつ)に、海岸で拾った小石を詰めることにした。

海岸には、釣りをしている青年がいた。
何が釣れるのか聞くと、アジと言った。
石垣から仕事で来ているのだそうだ。
無愛想に見えたけれど、そうでもないらしい。
聞かれたので、東京から、自転車で一人で来た、というと、昨日、○○さんが来なかったか、という。
誰だろう…?「マリオみたいな髭の」と言われて、思い出した。
工事現場で私が道を聞いたおっちゃんだ。
「約束した人がいるって」と、本当に来てくれたんだ。知らなかったな。

釣りの兄貴とも別れ、小石を拾ってシェケレの音の調整。
意外と難しい。

そうしていると、今日、南風見田キャンプ場に来た、同い年くらいのアメリカ人女性(オリジンはドイツらしい)も散歩していた。
OTTER(いたち?)というあだ名らしい。

OTTERちゃんは、おばあちゃんが日本とつながりがあり(どんな関係だったか、詳しくは忘れてしまった)
日本に興味があって旅してまわっていた。
日本語の勉強もしていて、私たちは、英語と日本語で話しながら、ちょっと探検した。

旅、アウトドア好きの若者同士で、考え方も似ていたし、生まれて住んでいる場所が違うだけで、問題意識とか話題は変わらないような気がする。


宿に戻って、夕飯。
グリーンカレーの続き。

またみんなで、火を囲みながらとりとめもなく話をする。
空はやはり、ずっと白んでいる。
明るい夜が更けていく。
posted by かわら at 18:56| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月16日

西表の1日目

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後ろからついてきた与那国息のフェリーが遠ざかった後、船にはおっちゃんと、周りの海だけ。

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改めて写真でみるような色の海をしばし眺める。
フェリーの横を、竹富や西表へ行く高速船が、名の通りものすごい勢いで過ぎていく。

しかし、それだけ。

フェリーに乗ったおっちゃんは、作業の汗が染みた青いシャツを、甲板の手すりにかけ、海風で乾かし、椅子に座ってずっと海を見ていた。
「オレには海さえあればいいのサ」
きっとそんな風に思っていないんだろうけど、私にはそう見えた。

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竹富は、サンゴ礁の海面に出た部分がたまたま広がった、くらいの印象。
海もアクアブルー
平べったい土地に、木がちょぼちょぼと生えている。
そんな島でも、測れない歴史や深さがあるのだろう。


日差しが熱いが、天気は誰もが崩れるという。
諦めきれないが、銃弾は難しいかもしれない。
島についたら、何か情報源があるだろうから、到着してから決めることにした。


とりあえず、縦断用の道具だけ、携帯のメモ帳に書き出す。

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方位磁石 テント マット パン 麺 チョコ 靴下
レッグウォーマー 軍手 カッパ 水 蚊取り線香
ライト 地図 キャップ 袋 タオル Tシャツ スパッツ
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山ではヒルにやられるらしく、あさこさん曰く、靴下や軍手をしていても、間から入ってくる、ということだった。
暑いだろうけれど、肌は隙間なく覆えるような装備。


島の地図を眺めていたが、眠気に襲われる。

目が覚めると、もう西表が間近だった。

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降りる前に、操縦席を撮らせてもらう。

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西表に上陸。お昼近い。
しかし、期待していたような施設はない。
屋久島のような観光センターを予想していたのだけれど、読みが甘かった。
ひとまずフェリー乗り場を覗くが、やはり何もない。

うろうろしていたからか、観光バスのおじさんが声をかけてくれた。
縦断の話をするが、今日は難しいという話。
2泊3日と言うと、「東京から自転車で来るくらいだ」と、親切にお勧めプランを教えてくれた。
縦断はできなくとも、山に入る他の登山コースがあるらしい。


とりあえず島に入らなければ。
少し走ると、いきなりチャリダらしき自転車をおそば屋の前に発見。
おぉ、これは。
何か聞けるかもしれないし、もしかすると縦断も一緒にできるかもしれない。

沖縄方面の旅は、とにかくフェリーと宿代が飛ぶ。
おそば屋さんに入らず、パンをかじって待つ。

ひと組、お店から出てきた。
観光で来たカップルだ。
一応、縦断のことを聞いてみると、中にいて、マスターと話していた常連さんが、西表に詳しそうだったし、入って話を聞いてみたら、と言ってくれた。

迷ったけれど、話を聞くだけなら大丈夫かな、と、意を決してお店のドアを開ける。
同時に、良く焼けた肌のおいちゃんも店に入った。

マスターは、きれいな女の人だった。
とりあえず縦断について聞いてみると、やはり難色を示される。
泊まるところは、と聞かれ、キャンプ地をまだ決めていないと言うと、厳しい声。
「初めてなのに、何にも調べずに来たのかい?」

最近怪しい人が増えているらしい。

カウンターに座っていた、常連さんらしき若い男女の二人組は、南風見田(ハイミダ)キャンプ場にいるとのこと。
話をしていると、またマスターが「ここはご飯食べるとこで、話すとこじゃない」
確かにキツイけれど、失礼なのは私のほうである。

店を出ようとすると、さっき店に一緒に入ったおいちゃんが、出すから食べてけという。
いきなり申し訳ないし、遠慮してモゴモゴしていると、
「あんた食べるの食べないの?はっきりしなさいよ、イライラする」とマスター。

だいぶ気まずい状況だが、南風見田の二人も、甘えちゃいなよ、と促してくれ、いただくことにした。
おいちゃんはユキゾーさんと言って、南風見田のお姉さん、みさきさんが、キビ刈りでお世話になった人。

西表の旅は、このユキゾーさんのこの優しさによって成り立ったようなものだ。
おかげでみさきさん、スドチンとも仲良くなり、南風見田キャンプ場であらしの西表を過ごす。

かなり心残りだったのは、せっかくソバをごちそうになったが、パンを食べた後でスープをほとんど残してしまったことだ。
ユキゾーさんの優しさが染みて、泣きそうになりながら食べる。


南風見田の二人と一緒にお店を出る。
この二人が、みさきさん、スドチンである。

スドチンは、西表を出るところだった。
キビ刈りを、西表でしていたらしい。
三人で、スーパーに買い出しに行く。
二人ともものすごくフレンドリーだった。
(というか、やはり普段の生活から考えると、旅の間に出会った人たちは恐ろしく気さくだった)

みさきさんは小麦粉を買うという。
なるほど、小麦粉は安いし、お好み焼きでもすいとんでもできるし、いいな。
しかし、旅中の雨には不向きそうだ。

スドチンは、一度、西表を出ようとして失敗?したらしい。
今度も、船の出るぎりぎりまで粘っていた。


みさきさんは南風見田に戻り、私はバスのおじさんが教えてくれた、山に入るルートを探索することにした。

慶太君や、バスのおじさんが言っていたように、西表は海岸線沿いしか道がないが、結構アップダウンがあった。

仲間川を渡って、店があるところの農道に入ると言っていたな。
しばらくすると、古見という字のあるバス停を見つけた。
どうやら行き過ぎたらしい。

気づいて止まったとき、近くに白髪に緑のTシャツで、よろよろと歩く男性がいた。
私が止まったので、何となく話す。
少し怪しげな、変わったおじさん(おじいさん?)だった。

来た道を引き返す。道が一本だから、それしか選択肢はない。
道路工事の人たちともまたすれ違う。
農道って…どれだろう。とりあえず、みんな山のほうに入っている。

工事のおじーに話しかけて道を聞くと、この道じゃないか?と、言う。
どこに泊まるのか聞かれ、南風見田キャンプ場と答えると、今晩訪ねてくれると、飴をくれた。
お礼を言って、道を登りだす。

しばらくすると、砂利道で本当に農道らしくなった。
見晴らしがよくなってくる。

少し迷いながらも、登山コースの道を見つける。
砂利道は不得意だし、なんでまた、フル装備で山道を登っているんだろう?と疑問に思いながらも進む。
正直、登り道のほうが良い。
下りのダートが、怖くていやです。

西表で車というと、見かける車の三分の一はレンタカー(「わ」ナンバー)。
レンタカーの観光客は、進入禁止の道だった。
自転車は、関係ないが、一応、入山の案内を読んでいると、一台車が降りてきた。
進入禁止なので、戻ってきたらしい。

宮城の人で、今野(こんの)さんという。
西表、八重山には、好きで何度も来ているという。
ご夫婦で、このコースを歩く目的で、今回は来たのだそうだ。

一緒に登ることにした。
お水を忘れてしまったとのことで渡す。
奥さんのほうは、足が痛くなってしまうようで、途中まで一緒に。

今野さんから、八重山の話を聞きながら、山を登る。
山と言っても、林道コースで、整備されている。
おそらくは、山の管理のために車が通っているのだろう。

今野さんは、カメやヤシを見つけては教えてくれた。

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ウブンドルのヤエヤマヤシ。

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このカメは、側溝にはまり込んでいたところを、今野さんが「出られないんじゃないか」ということで救出。
なんだか浦島太郎チック。
西表なら竜宮城も近そうだけれど、ここは山の中。

西表固有種のセマルハコガメは、甲羅の穴にふたがあることでわりと有名(?)。
このカメがセマルハコガメなのかどうかはわからない。


仲間川が眺められるポイントをいくつか過ぎ、最終地点に。
そこからはさらに山道が始まり、上原のほうの縦断コースにつながっているようだった。

そちらも少しだけ覗いてきた。
水気の多い地面、ジャングルという感じだ。
なるほど、なるほど。
楽しそうだけれど、空模様もだんだん怪しく、夕方も近づいていい時間だ。
下山をする。


途中、縦断から下りてきた親子と一緒になる。
長野から来た人たちで、息子さんは私と同い年くらい。
確か杉山さんと言った。
お父さんのほうは、若いころから山登りも旅も、たくさんして、八重山の島もずいぶんまわったそうだ。
縦断は昨日からで、とても良いコース、ヒルにもほとんど噛まれなかったらしい。

昨日、石垣に着いてすぐ、西表に入っていれば、縦断できたかもしれないな。
確かに、調べが甘かった。
でも、どっちのほうが良かったかなんて、わからない。
昨日、今日で出会った人たち、見たものも、変えがたいものだもの。


杉山親子は、けっこう疲れていたようだ。
慶太君たちは、西表の縦断で汲んだ水で、熱が出て寝込んだということ
彼らも水のポイントがなく、欲していた。

しかし私の水ももうない。
杉山さんたちは泊まる場所が決まっていないとのことで、南風見田キャンプ場を伝えた。
今野さんが、車で杉山さん親子を送ることに。
なんだか良い出会いだ。


私は自転車で、やはり南風見田キャンプ場へ。
夕暮れの良い時間で気持ちいい。

南風見田は、西表南部の道の終点。
折り返してきた今野さんとすれ違う。
チョコレートをもらった。


南風見田までは、町から意外に距離があった。
到着は、日が陰るころ。
みさきさんは見当たらなかったが、杉山親子は見えた。

つかささんという、キャンプ場管理のお兄さん。
関西なまり、島の人ではないみたいだ。
もう一人、管理人のおじー。こちらは島の人っぽい。

キャンプ場は、なんだかヒッピーな雰囲気。
畑の野菜は食べ放題、ごみ箱も分類がきちんとされているし、シャワー、お風呂のお湯も沸かしてくれるらしい。
長期滞在の人が多いらしく、キッチンもだいぶ使い込まれていた。

確かに過ごしていると、どんどん居心地の良くなるキャンプ場なのだ。
テントを張る場所を探していると、アドバイスが飛んできた。
どうやら、蚊ゾーン、だんご虫ゾーン、強風ゾーンとあるらしい。
迷ったけれど、虫たちを避けて、強風ゾーンへ。


ぼんやりと明るいまま、夜が更けていくらしい。
まだまだ夕方だと思っていたら、20時をまわっていた。

雨が降り始めて、キッチンでは、雨宿りに人が集っていた。
みさきさんもいる。
夕飯は、みんな薪で火を起こして作っているらしい。

おお、いいな。
私も挑戦してみようかな。
そう思っていると、調理が終わったらしく、残り火を貸してくれた。

米を炊き、グリーンカレーを作る。
しかし、なかなか両方出来上がらない。
火の番は、ヨーロッパ系の男性(後から聞くと、ドイツ人だった)がしてくれた。

みな気さくで、自己紹介もせずに話を聞いていた。


雨がひどくなってきた。
雨宿りは、人だけではない。
だんご虫が大量にやってきた。

しかも…白い。
なぜか、白いだんご虫たち。
子供のころは、遊んでいたけれど、なんだか今は、我慢はできるけれど気味が悪い。
足に乗ると、こしょこしょこそばゆいし。

話はつきなそうだったが、みんな、だんご虫を大雨、強風でテントへ帰って行った。
私は…カレーがやはり煮え切らず。ご飯ができて少し食べて、テントへ。
おそらく22時頃だったと思う。


雷と蛍の嵐。
翌日16時までテントから出られなかった。
posted by かわら at 18:54| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西表へ

西表行きのフェリーは9:30発のはずだった。

金ちゃんと別れ、9:00過ぎからフェリー乗り場にいた。

土曜日に与那国へ行くため、西表には、2泊3日しかいられない。
縦断は、今日から一泊でやらないと。
出港までに、トレッキングにむけた準備をする。

慶太くんから、天気が崩れると聞いて気になっていた。
縦断は、川を登っていくコース。
雨では厳しい。しかし行くからには縦断したい。

フェリーは人ではなく貨物運搬を主目的にしているようだった。
トラックが、一台一台入っていく。
受付は済ませて、自転車があるとは言ってあったのだけど、積み込みを仕切る人は忘れていたのか計算が狂ったのか、私の自転車を見てせっかく入ったトラックを出し始めた。
この時点で9:30は過ぎていた。

自転車を積んだ後は、フェリーに乗れた。
乗客は私以外、一人もいない。
貸し切りだねぇ、と船のオッチャンに言われる。

10:00が過ぎても、まだ出ない。
でも、こういう時間を過ごすのは得意なのだ。

港を眺めていたら、与那国行きのフェリーに、自転車とバイクが乗る。
あの色の黒いのは…、慶太くんたちだ!

手をふってみたが、気が付かない。
彼らは私がとっくに出発したんだと思ってるだろう。

10:30、ようやくフェリーが出発。

SN390088.jpg


青い海に、人工的な色のコンテナーの色合わせが、なんだか気になった。

SN390089.jpg



そして与那国行きも同時に出発し、後ろについてくる。
また手をふってみた。
こちらを見ているが、やはり私だとわからない様子。
一番近付いたとき、「慶太くん!」と呼んだら、ようやくわかったようだ。
あ!と驚いて、手をふりかえしてくれた。
posted by かわら at 10:31| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金ちゃん

ひとまず、西表へ行くことにした。
慶太くんから、いろいろと島の情報を聞く。

西表は、登山好きにはとくに、島の縦断がメインらしい。
コースは一泊か、速い人は早朝入る日帰りかだが、単独での入山は禁止されている。
西表へは一人で行くが、登山道入口で居合わせた人に、同行をお願いもできるだろう。

若干の不安も感じつつ、そんな西表計画を立てた。

西表へは、高速船とフェリーが出ている。
時間がかかるが安いというので、迷わずフェリーを選ぶ。
出る曜日が限られているが、明日はちょうど出るようだった。


朝テントから出ると、まだ誰も起きていなかった。
野宿場所の海風が強かったので、意外と肌寒いくらい。

間もなく金ちゃんも起きた。
キビ刈りメンバーは、数ヶ月島で暮らしているため、チャリダ時間が抜けているみたいだった。

朝食をとり、朝の準備をしながら、金ちゃんの今までの旅を聞く。
秋に岡山を出て、ゆっくり四国お遍路をした後、九州を南下。
真冬に九州の日本海側を走っているなんて、そうとうツワモノだよ。

雪でも走ったけれど、釘や小石などを雪が拾ってしまい、何度もパンクし、野宿はさすがにできないので、宿で夜な夜なパンク修理をしながらだったという。
そうとうキツイ。
旅の出始めは、新鮮さで、辛いことも乗りきれる部分もあるけれど、かなりタフでないと、金ちゃんの状況は無理だ。
私が同じ旅をしたら、ここまで続けているかわからない。
実際、尾瀬で冬の入口に野宿して、旅から一旦抜けたんだから、たぶん無理じゃないかな。

金ちゃんは、会社でトライアスロンを、けっこう真面目にやっていたのだそうだ。
確か、学生の頃に一度、日本一周をやりかけていて、いつかやると思っていた、と言っていた。

石垣でトライアスロンの大会をやってる、と、沖縄のゆいちゃんの家で聞いたが、金ちゃんの仲間がそれに出ていて、応援していたそうだ。
宮古のトライアスロンは、かなりハードで有名らしいが、それにも仲間が出るので、これから飛行機で輪行して宮古へ行くのだそうだ。

かわいいし、誰かに似てるなと思っていたが、バージルだった。
雰囲気もなんとなく似ている。

対人間で、危ない目にあわなかったか聞いた。
四国お遍路で、宿主にせまられた、という。

うーん、私は全くそういうことがなかったけど、やっぱりあるんだな。

私は、自分から意図して、男っぽい格好になるようにしていたし、実際、後半からはだいたい、ぱっと見で男に間違われていた。
自分自身、男っぽい性格もあって、そういうのは苦じゃなかった。

金ちゃんは、女性の私から見てもかわいいし、格好もきちんと女性らしい。

みくさんも、しのさんも、旅慣れしている人たちは、服装にも自分のスタイルを保っているように見える。
私としてはうらやましく思えてしまう。
まぁ、私も、今回、髪を切らずにきたし、自分の好きな服も多少持ってきた。
だんだんと、自分自身に課す規制を緩めつつある。

私の服装による防波堤は、果たして、効果があったのだろうか。
金ちゃんと私を比べるだけでは、わからない。
どちらにしても、金ちゃんに二度とそんな目にあってほしくない。


だんだんと他のメンバーも起き出した。
朝から元気スね、とトモくん。
寒くてうまく眠れなかったらしい。
もちろん、金ちゃんや私にとって、眠れないほどの寒さであるわけがないが、島の暮らしに慣れたトモくんには、そういう温度らしい。

慶太くんにフェリーの時間を聞くと、もう間もなく出てしまうとのこと!

なんでいつもこうなんだ!

別れをする暇もなく、じゃあまた!と出る体勢へ。
金ちゃんも、私も出る!でもその前に写真撮りたい!
と、しっかり写真は撮って、出発。

SN390087.jpg



フェリー乗り場がわからず、あたふたしたが、どうやら慶太くんの言った時間は早かったらしい。
金ちゃんは別の島に行く時間を調べていた。

また次にどこかで会えるような気がしながら、金ちゃんとお別れ。
女性だから、という特別な気持ちはないが、またいい旅仲間ができた。
posted by かわら at 09:31| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月15日

日本一周勢揃い

夏の避暑は北海道へ、越冬は沖縄で。
自転車で日本一周をしていると言うと、年間のべ200人くらいはいるんじゃないだろうか。
旅の仕方は、ある程度パターンはあっても、人それぞれ。

なるべく気候には逆らわないほうが、長旅には都合がいい。
4月中旬は、だいぶ暖かい頃だが、八重山で越冬した後、まだ残っているメンツもいる。

石垣に入って、旅人たちの濃さに面食らった私は、もうなにはともあれ、八重山計画をたてることにした。
リミットは4/23。
石垣から那覇に戻る船は、4/24の早朝を逃すと、1週間は島流し。
一応、YOSAKOIの予定は守りたいし、与那国でみくさんたちとも過ごしたい。
まずはフェリーの予定と値段チェックだ。

離島行きのフェリー乗り場は、観光センターとくっついて、リゾートらしい門構え。
そして、4月の半端な時期なのに、観光客がきちんといる。

とりあえず情報収集して、あとはお金と予定のにらめっこ。
私は迷うたちなので、地図やら値段をみながら、軽く一、二時間はウネウネと考えている。
だから、人目のあまりない場所を陣取ってやるのだけど、気になる人はいるらしく、私に話しかけてくる。

一人は島のオジーで、ナンパしに来た。
私はナンパと言うが、別に本人はその気はないと思う。
ただ、オジーの話にフンフンと相づちしていると、美人だのメンコイだの言ってくるので、私はナンパだと思ってしまう。
オジーはジュースをおごってくれた。

そのあとは女の子が来た。
これは珍しい。
別に女の子は珍しくないけれど、話しかけてくる女の子は珍しい。

初めての一人旅で不安だったが満喫してる、ということだった。
そう、一人旅は、決して独り旅ではないのだ。

彼女はジェラートを食べながら、船がすぐ出るとのことで、急いで連絡先交換して、写真を撮った。
いいな、私も、ちょっとお金に余裕をもって、食べたいときにアイス買うくらいはできる旅をしたい、と思う。


与那国行きのフェリー乗り場で、運行予定を確認していると、スキンヘッドにグラサンの、バイクの兄ちゃんに声をかけられる。
キュウさんといった。
これからどうするのか聞かれ、日本一周仲間に会うと答えると、慶太くんらのことを知っているようだった。
日本一周ライダーの遠山くんに会ったら、ヨロシク言っといて、とのこと。


キュウさんとも別れ、石垣を走ることにした。
なんせ、超いい天気なのだ。
しかも、石垣をまともに走れるのは、今日くらいかもしれない。

とは言え、もう昼もまわって、日差しもアッツイので、一周するとか意気がらず、チンタラ行くことにした。
ゆいちゃんからも聞いていたが、石垣はさかえて、街になっている。
他の土地と、八重山の島々を結ぶハブ地なのだから、そのくらいは当然なのだろうけれど。


山のほうを目指して、適当に走る。
街はすぐ抜けて、森と畑が広がった。
森、と言っても、内地の森とは、雰囲気が違う。

車もあんまりいないし、なんかのんびりしている。
木陰の道で爽快に走っていると、リゾートちっくな茶屋が左手に。
ママチャリがとめてあり、オッチャンが座っている。
こんにちは、と挨拶すると、オッチャンがなにやら言っている。
私が予測できない単語が並んでいるためか、うまく聞き取れない。
自転車を置いて話に行くと、かき氷をおごってくれた。
しかもゴージャスな、特大練乳金時である。
嬉しい!!


SN390083.jpg



この気前のいいオッチャン、島の人ではないなと思った。言葉が違うのだ。
もとは大阪で家族もいるのだが、仕事でこちらに来ているのだそうだ。
とても珍しい仕事だった。
食肉の検査をする人なのだ。
もとは獣医をしていたとのこと。
仕事場は、家畜、つまり牛、豚、ヤギなどのとさつ場になる。
八重山で育ち、ここから流通する肉は、全てこのオッチャンが検査するのだ。
八重山牛は美味いと評判で、石垣には生肉を食べさせる店もあるのだが、オッチャンが言うには、食べないほうがいい、ということ。

しかも、ヤギなど、家で絞めて食べているところもあるが、本当は指定されたとさつ場以外ではしてはいけない、ということ。
まぁ、そうだろう。

でも実際、八重山のとさつ場は石垣にしかなく、与那国で育った牛を石垣でとさつして、また与那国に持って行くなんて無理がある、と。
それもそうだ。そんなめんどくさいし、道理にかなった話じゃない。

そんなわけでオッチャンは、よそ者だけれど島で必要な存在となり、うまくやっているそうだが、近年、島への移住者が増え、それをあまりよく思ってない島の人も多いと言う。
リゾートで働きに来たが、思うように仕事もできず、帰るにもお金がなくいついているような人が、たくさんいるということ。
なんとなく、耳の痛い話であるのは、自分の身にも覚えがあるからか。

そうならないように、気をつけなきゃ。


オッチャンが行ってしまった後、その辺りをうろうろする。
畑と、茂みを抜けると、浜に出た。

SN390084.jpg


石垣にはオモトタケという山がある。
BEGINには、オモトタケオというのが出てくるが、あぁ、この山のことだったのか。
そうとくれば、登ってみたい。
目指して行くが、途中から農道オンリー。
砂利道の登りもなんとか進む。
が、牛舎や牧草の間を通ろうとして、牛たちに大注目を浴び、ブモー!ブモー!と抗議される?と、なんだか居心地が悪くなり、諦めて引き返した。

16:00。そろそろ戻ってみよう。
慶太くんたちと落ち合う宿は、フェリー港のほうなのだ。

SN390085.jpg


緩やかな田舎の風景。

そこにいきなり、超人工的な工場が一つ、工業化の証って感じに現れるのだが、砂糖の甘い香りが漂っている。
そう、製糖工場なのだ。
キビバイトも、キビ刈りと製糖に分かれるのだそうだ。

SN390086.jpg



さて、慶太くんたちとは19:00頃に再会した。
昼に歩さんからもらった宿の地図が見つからず、電話で聞いても場所がよくわからず、慶太くんが迎えに来てくれた。

最初、慶太くんがよくわからなかった。
なんか、黒いかたまりがある、と思った。
どちらかというと、見覚えがあるとピンときたのは自転車だった。
あの手の振り方は…、慶太くん!

まさしく、真っ黒になっていた。
濃い茶色のタンクトップにも見覚えはあったが、それと肌が同じ色。
髪も長くなっている。
もう、北海道男児じゃない。
沖縄、八重山ヤロウだ。

いやぁしかし、超懐かしいぞ!
チャリで来てくれたので、余計に。
あぁ、こうやって走っていたっけ、12月。
ちょうど4ヶ月ぶりくらいだ。

慶太くんは、かわってなかったけど、前よりフランクになったみたい。
前は、いくらタメでいいと言っても、なかなか敬語が抜けなかったのに、今は自然に抜けてる。
いい感じじゃないか。

コスタには、歩さんと、日本一周旅人たちが勢揃いしていた。
さっそく、立ち話。初対面のぎこちなさもありつつも、かしこまった挨拶抜きで話し始める。

とは言うものの、名前を聞く。
トモくんは、キュウさんから聞いた日本一周ライダー、遠山くん。
スラムダンクみたいな顔だと言ったら、それ他でも言われるんスけど、と、話し方までスラムダンク的。

ひろむくんは、日本一周チャリダ。
確かビッグドリーム、大きい夢と書いてヒロムくんだった。
彼はクタクタに破れたTシャツを着ていた。
家の犬がお気に入りのシャツで、遊んでて破れたんだそうだ。
後で、私の愛用の白いシャツを見たら、破れてクタクタだった。
人のこと言えない。

二人の年、いくつか聞かれて、だいたい当てた。
年齢は、だいたいわかるようになった。
人の観察眼、というのかな、これも、旅のおかげだと思う。

会話にまざらず、もくもくとカブをいじっていたアサコ。
彼女はめっちゃ若く見えたが、後で私より年上と判明。
静岡から来た。
現役の女性日本一周は、チャリダにも会ってないがライダーにも初めて会った。

このときご飯を食べに出かけていて、戻ってきたのがトッキー。
日本一周チャリダ。本名、茨田ときお。
音楽好きでサンシンもお手のものだ。

みんな、慶太くんが小浜島でキビ刈りをしていたときの仲間。

そして、噂の現役日本一周女性チャリダは、岡山から来た金ちゃんである。
色白でかわいくて、私とはえらい違いである。
こんなにかわいかったら、苦労したんじゃないかな、と、対面早々そんなことを思ってしまった。


コスタの車庫には、気持ち悪い光景が広がっていた。
というのは、車庫がジャイアントだらけなのだ。
うぅ…

みんなは慣れたのか、平気らしい。
思えば、こういう旅人の集うゲストハウスって、ほとんどお世話になっていない。
だからなのかもしれない。


21時くらいまでたむろしていたが、その夜は、みんなコスタに泊まらず、野宿することになった。
たいへん失礼な客だが、寛大な歩さんは許してくれた。


買い出しに行き、野宿場所に着いたのは22:00近くだった。
慶太くんや私は、相変わらずのノコノコペースで慣れっこだが、金ちゃんはだいぶお腹が空いたらしく、ご飯を作り始めた。


なんだか変な感じである。
現役日本一周仲間が7人。
チャリ5人、バイク1人、カブ1人。
男が4人、女が3人。
年齢層としては、みんな若者だ。

ここまで集まると浮かれる気持ちが先立って、何という話にもならなかったが、みんなの旅への姿勢をみて、刺激を受けたような気がする。
posted by かわら at 23:32| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

石垣行きの船上で

船旅が続く。
沖縄から石垣は、宮古経由で一晩、というところ。

しかし、船の中では出会い満載だった。
日本の南の果て。
行き着くところまで来た、ツワモノたちが集まっている!
何も考えずに来たも同然の私、出会いのペースにパンクしそうになった。


船の中は、けっこう人がいた。
それでも、部屋は余っているはずであるが、掃除の効率をあげるためか、部屋にキッチリ割り当てられる。

同室には、オバア一人と、若い女性たち。
みんな一人で来ているようだ。

西表のロッジで働き始める女性、ケイコさんと知り合う。
オーストラリアで、ワーキングホリデーに行っていたらしい。
自然が好きそうな、優しいお姉さんだ。
西表で会えたら、と、船を降りるとき連絡先をもらう。

オバアは寂しがりらしく、テレビが面白くないとか、船がよく揺れるとか、薬を飲むのにお水が欲しいとか、いろいろ話しかけてくる。
不満げなのがちょっと困ったけれど、挨拶もせずダンマリしている、陰気な若者より好きだなと思う。
私も、すぐそうなってしまうんだけどね。


カフェテリアの横の通路に、適当なテーブルが並んでいて、座って海をみながらタバコをすったりお茶を飲んだりするのにちょうど良い具合になっていた。
電源もあるし、充電しながら、夕飯代わりのお菓子をつまんでいると、隣で呑んでた若い兄ちゃん二人に誘われた。
ビールをくれるという。女の人は遠慮しちゃだめだ、と言われて、お言葉に甘える。

石垣で働いている人たちで、
海岸で砂をちょっと掘ればシジミがとれるとか、
竹富島じゃシーサーが歩いてて、目があうと追いかけてくるとか、
夕方〜夜はハブが出て、自転車で避けられないときは頭をつぶさないと咬まれるとか、
きんちゃんヌードルは徳島と沖縄限定で売っていてめっちゃうまいとか、
あることないこといろいろ教えてもらう。

気がつくと、日付がかわって、私らの他に誰もいなくなっていて、お開きとなった。
わりとすすめられるがままに飲んで、船は普通に揺れているし、ベッドに着くとぐったりした。
朝日がキレイだから、宮古に着くあたりで起こすと、兄ちゃんに誘われたが、それどころではなく、朝日と宮古は見たかったけど、もうろうと寝ていた。


起きたのは7:00過ぎくらいだったろうか。
一眠りしてすっきり。すがすがしい朝だ。

デッキを歩いていたら、黄緑のきれいな葉っぱと、お椀を二つ並べた、まったりしているお姉さんに遭遇した。
葉っぱには、朝ごはんが入っていた模様である。

おぉぉ。
思わず「すてきな朝ごはんですね」と声をかける。

その葉っぱは何か、と聞くと、げっとうの葉で、ご飯をくるんでいた、との応え。
消毒の作用があるのだそうだ。

しばらく話していると、もう一人お姉さんがやって来た。
友達なのだが、偶然一緒の船になったのだそうだ。

お弁当を持って来ていたほうのお姉さんは、沖縄のくだか島に住んでいた。
私が自転車で来た、と言うと、私もだよ。でも、乗ったときは、自分しか自転車の人はいなかった、と言われる。
そりゃ、私がギリギリに乗ったせいだ。

なので私は、彼女の自転車を乗船のときに見ていたが、ぼろっちいママチャリで、安定しないせいか横倒しに積んであり、また変なオッチャンが乗ってきたかぁ、と思っていたのだ。
それが、この爽やか朝ごはんの彼女なんて。

しかも。
「私の自転車が世界一かわいい。」ととっても誇らしげに断言されてしまった。
なんでも、三台の廃車を使って、島のオジーらが作ってくれたんだそうだ。

ただならぬ女性と出会ってしまった。

八重山の小さな島々の野宿は、だいたい禁止されているが、今までどこでも野宿してきた彼女は、やる気まんまん。
しかも、ご飯を炊くのに窯を持ってきた(お手製で、金属の缶を改造した軽いもの)とか、ジップロックにある乾物の数々とか。
これは、今まで出会った同年代の女の子たちの中でも最強かもしれない。

ビーチサンダルには、「みくの右」「みくの左」と、たぶんカッターか何かで彫った感じに、これまたかわいくアレンジされていた。

みくさんっていうのか。

もう一人のお姉さんは、しのさん。
つるりとした白い肌が、とても海に似合う、お魚好きのお姉さんだ。
カワラです、と自己紹介したら、あぁ、ガーラね、と返ってきた。

ガーラは、八重山でメジャーな魚らしい。
美味しいよね、ガーラは、とよだれをふきはじめるしのさん。
ここに来て魚の名前がついたか。
今まで、サルとか鳥とかを経てきたが、魚とはなかなか光栄である。
八重山ネームができた。

しのさん、トビウオいるかな、と船のへりに行く。
潮風をうけながら立つ姿を見て、人魚みたいだなと思った。

しのさんは、みくさんを、仙人みたいだと言った。
みくさんは、ヒゲモジャではないと不服そうだったが、確かに、仙人になりうる人だと思う。

八重山ではどこに行くか、と聞かれたが、実はあまり決めてこなかった。
BEGIN出身の島である石垣と、
子供の頃から、動物ものの番組で見たり、旅の途中に時々話題に出たりして気になっていた西表、くらいである。

みくさんとしのさんは、土曜日に与那国で一緒にキャンプをしようと盛り上がっていた。
二人とも、サンシンを弾いたり、歌ったりするらしい。
いいなぁ、私も行こうかな、とつぶやくと、快く誘ってくれた。
おもしろそうだ。

私も、歌と踊りをやってるんだ、ケニアの。
そういうと、みくさんの妹も、ケニアに行っている、という。
私がケニアに行ったのは2006年の夏で、ちょうど時期も重なっている。
「名前は?」「キカ。」

えっ?!!!
キカちゃんのお姉さん?!

大爆笑。
キカちゃんは、そのケニアつながりの友達で、ライヴやなんかで会うし、連絡もとるし、旅の途中、京都でも会った。
確かに、お姉さんが沖縄にいると聞いていたので、今回、連絡をとろうか迷って、結局とっていなかったのだが。
聞かなくても、会えちゃった。


なるほど。
会うべき人には会うんだ。

ヒロミさんともそんな話をした。
「そうよ、それがあるから旅は面白いのよ」、という返事だった。
旅と音楽の大先輩の言葉は、説得力に満ちていた。


SN390081.jpg


石垣に到着。


石垣では、その晩慶太くんと、ゲストハウス「コスタ・デル・ソル」で待ち合わせしていた。
日本一周した女性チャリダの歩さんが、ヘルパーで働いている。
12月に一緒に走ったとき、慶太くんが話題にしていたな、と思い出した。

歩さんは、たぶん、も〜さんも言っていた女性チャリダだ。

船を降りると、その歩さんと遭遇した。
というのも、お客さんのお迎えと、ゲストハウスのチラシ配りをしていたのだ。

わ〜きゃ〜して自己紹介していると、みくさんが自転車をひいてやって来た。
晴れた空の下で見ると、確かに、世界に二つとない自転車だった。
前と後ろに木箱が取り付けてあり、それ含めてボディ全部、緑のペンキでキレイに塗られていた。
前の木箱の上には、木彫りの魚。こちらは赤いペンキである。

オジーたちの、みくさんへの愛情を感じずには居られない。

歩さんは、自転車に大注目で、写真とっていいですか?と携帯カメラを構えていた。

なんかスゲーぞ、石垣!
すごいところに来てしまった。
posted by かわら at 09:33| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

ダメだったね〜!

石垣行きのフェリーに、だいぶ遅刻!!

ようやくターミナルに辿り着いた、船に乗り込んだときの、オジーの言葉。
「ダメだったね〜」

いやはや、すみませんすみません。
しかし、確かに、だいぶ遅刻して、たいへん悪いことをしたけれど、独特の言い方だよな。
ダメだったね〜って、例えば乗れなかったときとかなら、わかるけどね。
普通、言われないよね?
聞き間違いなのかしら。


ことの発端は、海中道路にむかったことだろうか?
そこから那覇にむかおうとして、道を間違え、見事真逆に!

これはおかしい、と気付き、コンビニで現在地を聞いて愕然とした。
往復で2時間ロス。
戻りながら、よくもこんなに、疑問も持たず進めたもんだ、と苦笑。
果たして出港に間に合うのか。
焦りが募るし、夕方からの爆走。
しかも、わかっていたけれど地形のまんまのアップダウンロード沖縄である。
嫌気がさして、午前中2時間半もつぶしたYOSAKOIをうらみだす始末。
って、関係ないじゃん!と自分で気づいて、笑ってしまった。
私も、追いつめられると、わけのわからない言い訳をしだすんだ。

那覇まであと25キロを見つけたときは、だいぶ嬉しかった。


浦添の近く、バイパスのいりくんだ交差点で、たぶんホームレスらしいおじさんに会う。
左足を怪我して、松葉杖をついていた。
だいぶ弱っている様子。

思わず、お菓子を渡す。
唯ちゃんからもらった、沖縄の焼き菓子。
一口かじってしまってたけれど、すぐ食べれそうなものがない。

渡すと、ニッと笑顔と、微かな音で、ありがとう、と返してくれた。

飲み物も、と思ったが、あと100ccくらいの水しかなく、自分自身も必要と思い結局渡さなかった。
別れてから後悔。

でも、生きることに少しでも希望をもってくれたら、と、どうか助かることを祈りながら、だんだんと暮れていくバイパスを走る。


安謝を目前に、そういえば一泊三食の船旅だ、と思い出し、慌てて買い出し。
またもやホームレス?のおじーに出会うが、こちらはいたって健康的にナンパをしてくる。

しかし、12月の九州ではまだ、ホームレスの人たちがこわかったけれど、ここにきてなんだか平気になっている。
沖縄が特別なんだろうか。
posted by かわら at 21:05| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

石垣行き 有村汽船にて

うぉぉぉ!

どうにか、石垣行きの船にこぎつけた!

まじヤバかったぜ。
一瞬、ほんとに乗れないんじゃないかと思った。

昨日に引きつづき、今日も濃い一日だった。

昨日も夜、眠くてちゃんと書けてない。
それぞれの出来事、一個一個を書きたい。

とりあえず、船の上だし、書くの厳しめ。

けっこう走ったなぁ、たぶん、100キロは超えただろう。
しかも日焼けした。
サンタ状態だよ。

なので、疲れてるはず。
少なくとも、お腹の減り具合からして、今日の消費量を物語ってる。

慌てたせいで、明日の朝ごはん、忘れたし…

船はまた、一段と豪華客船だよ。
昔は賑やかだったのかしら。
バブル期の名残?
そのおかげで、えらい高いしさ。
船に乗ってる人間は、明らかに、飛行機を選ばない、時間はあるけどお金のない人たちのほうが多く見えるけど。
posted by かわら at 20:09| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アンダースタンド0902

沖縄で過ごしているとき、トニナこと佐藤慶太くんから連絡があった。
ブログを見て沖縄入りを知ったらしい。

しかし、「もしかして石垣のゲストハウスにいませんか?」という内容だった。
確かに石垣へ行くことにはしたが、今はまだ沖縄北谷のいとこの実家である。
どうやら他に現役日本一周女性チャリダがいるらしい。
もしそうなら、旅で初めて出会う女性の同志になる。

そして、慶太くんは、きっとキビバイトを終えて、とっくに九州へあがっているだろうと思っていたが、まだ石垣にいるらしい。
すごいぞ、再会できそうだ。
posted by かわら at 09:33| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月13日

沖縄の大城家

SN390052.jpgSN390056.jpg
昨日、今日と、沖縄のいとこの実家にお世話になっています。

北谷(ちゃたん)に住む、明るく知性溢れるお家!

いとこのゆいちゃんは、大学から沖縄を出て横浜へ。
就職活動が落ち着き、私が来るタイミングで一緒に帰ってきてくれました。
ありがたい!

おばあちゃんの澄子さん、お母さんの富士子さん。

大学1年のころ、一度、大城家を頼りに遊びに来た。
のだけど、その時の記憶は、何故か断片的にしか残っていない。
18歳で、物心はとっくについていたと思うのに…不思議だ。

澄子さん、富士子さんと会うのは、実に7年ぶりくらいだったのだけれど…
二人とも全然、年をとった形跡がない!
むしろ、おばあちゃん、若返ってる?!
びっくりしてしまった。

後で聞いてわかったけれど、そのスタイルを維持できているのは、毎日きちんと気をつけているからなのだそうだ。
最近の自分を振り返ると、なんとも本能のまま。
それならまだいいけれど、むしろ、与えられるまま。
これではフォアグラの鴨になってしまう。
少し気をつけよう。


前に来たときもいただいた、おばあちゃんのソーキそば!!
美味しすぎる!!
前もこれで沖縄料理にはまったのだ!
夕飯と、朝もいただいてしまった。
至福。


今日はゆいちゃんが、車で私の行きたいところに連れて行ってくれた。
丸1日、私のマイペースに付き合ってもらったので、相当疲れたと思う。
もうちょっと、私が、いろいろなことに気がつけたらな、と、反省。
本当に、まだまだ発展途上だ。

でも、おかげで、1日、素敵な旅ができた。

今日は、シーミーという、沖縄のお墓参りの日。
沖縄独特の暦のようだ。

家のお墓の前で、家族親戚とお弁当を食べる。

今日、連れて行ってもらったのは、ひめゆりの塔、健児の塔、平和記念公園と、鎮魂の石碑巡りだったので、シーミーの人をたくさん見た。

平和記念公園なんかは、観光客よりシーミーの人たちで混み合っていた。

帰り道、沖縄のお墓の横を通りすぎたけれど、本土のお墓と全然違う。
大きいし、そもそも形が違う。

帰ってから富士子さんに、やたらとお墓参りをしてはいけない、というのが沖縄はある、と聞いた。


書ききれないほど、出来事と、ゆいちゃんと話したことが、ゴッソリ詰まった一日だった。

ひめゆりの塔で、タンザニアの人、しかも三重から来て、オポンドさんと友達という女性に偶然出会う。

健児の塔、常緑とフレッシュな植物たちの謎にせまる。

玉城(たまぐすく)の近藤ヒロミさんの家に連れて行ってもらう。
手作りセッケン、手作りトイレ、素敵なお家。
ヒロミさんという人をはじめて知る。

ゆいちゃんも呼んで、ジュゴンのいる海の埋立など沖縄の話。

西表に行くと言ったら、上原にあるぷーら、大原、古見にある、まなのお店を教えてくれた。

雨、かたぶりについて。

今日の夕飯も、またおばあちゃんの最高の沖縄料理。
韮のてんぷら、たーむ(田芋)の揚げたの。
富士子さんによる、ポークゴーヤチャンプルー。
絶品!!

200%お腹いっぱいの1日でした!

沖縄本島も、とても面白い。
でも、これだけ早く、ここのおもしろさが感じれたのは、ゆいちゃんがいてくれたおかげだった。
ありがとう。
私も、できること、たくさん手伝いたいと思います。

ワンダーアイランドの日本の、
ワンダーアイランド、沖縄。

まわるのに全然時間が足りない。
明日からは八重山へ行ってきます。
フェリーで出る前に、できるだけもがいて、本島をかじって行こう。
posted by かわら at 22:42| Comment(1) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

ナッハ!

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奄美大島、名瀬を過ぎ、徳の島を過ぎても、風は意外と冷たいまま。
曇っているせいもあるのだろう。
4月の島々は想い描いてた南国と少し違いそうだ。

沖縄本島に入って、タラップに出ると、ようやく暖かい風。
あぁ、いよいよ到着。
同室の金澤さんともようやく打ち解けて話がはずむ。

沖縄に帰るという熱田(あった)くんとも知り合う。

那覇に17:30頃着。
首里城へ。
坂道が続いて時間がかかるが到着。
なかなかの雰囲気!

暗くなってライトアップ。
posted by かわら at 18:55| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月11日

行き先

沖縄からの行き先を迷っていたけれど、たぶん石垣と西表に行くと思う。
そこにどんな観光名所があるとか、自然があるとか、私にはあまり関係ないこと、とも言えるかもしれない。
それよりは、その土地に行く、その地を自分の足で踏むこと。
その場所で生きている人と出会うこと。
その場所の自然を、空気を、身体で感じること。
そこに生きている食べ物を食べること。

私にとって大事なのはそういうことなんだ。


石垣に行こうと思ったのは、BEGINの出身地だからだ。
確証があるんじゃなく、ただアルバムにそれらしきコメントを見かけただけ。
しかも、もともとファンだったわけでもなく、ここ最近ベストアルバムをヘビーローテーションで聞いているだけ。
でも今回、沖縄を目指せたのはBEGINのおかげだったと思う。
旅のきっかけなんて、とっても単純なものだよね。

石垣に行かずに宮古へ行ったら、目の前に石垣があるのに〜!と、うずうずしてしまいそう。

今はそんな風に思っているけど、沖縄に降りたってから決める。
一瞬一瞬の直感と出会いで行き先を決める。
それでいいのです!
posted by かわら at 20:09| Comment(2) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京から沖縄へ 船中より

4:30をまわり、フェリーから見える空が、ぼんやりと雲の影を浮かばせはじめた。
雨はやんでいるらしい。

あぁ、朝のこの瞬間を迎えるときが、また来たんだな。

船の部屋は飛行機と同じくらい乾燥している。

女性の一人客は私しかいないようだ。
乗り込んだとき、女性の部屋で一人がいいか、家族部屋がいいかと聞かれて、家族部屋を案内してもらった。
家族部屋と言っても、30代くらいのカップルが一組だけ。
船橋から来たそうだ。

最近、話すと、「東京の人じゃないでしょ」と言われるようになった。
旅の成果だな、これも。

東京らしい話し方は、ケニアで英語を話してるような。地元の人と距離を作ってしまう。
なので、はじめはちょっと意識してなまらせていたけれど、
近頃はわざとではなく、自分でも気付かないうちになまっている。

福島、郡山なまりではない。
沖縄っぽいと言われる。
これは沖縄に行って確かめてこなくちゃ。

船は、それなりに揺れている。
でも、北九州から帰ってきたときほどじゃないと思う。

お腹がすかない程度に、ちょこちょこ、何か食べている。


旅に出て、とうとうと流れている、自分の時間の存在に気付く。
常に、自分の時間を過ごしているはずなんだけれど。

そう、人といながらにして、自分の時間をつくるのは、1つの課題なんだ。


空がどんどん明るくなる。
海原には、常にどこかに船が見える。

海の旅もいいね。
posted by かわら at 10:32| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

出発

4月10日 東京有明17:00発のフェリーで、沖縄、那覇へむかう。

お約束通り、雨が降ることは昨日からわかっていた。
フェリーに乗って、お風呂に入ったけれど、泳いだ後みたいな感覚。
全身ずぶ濡れになりながらの初日になった。

沖縄から北上コース。
まだ行ってない長崎、佐賀、山口、広島から山陰。
出雲、島根、鳥取。
兵庫で井上先生の小学校を訪問するか。

大阪では、5/4にYOSAKOIニャティティソーランの関西練習、5/5に祝春一番に出演。
密かに、曽我部恵一に会えるのを楽しみにしている。
その後、奈良、伊賀、伊勢、尾鷲、熊野。
和歌山から徳島に入って、高松へ。
豊島、直島へ行きたい。
戻って剣山に登り、高知、徳島とまわる。
5/15か5/16の朝、フェリーで東京へ帰って、私の日本一周は一区切りとなる。

旅に終わりはない。
私の旅は、あと50年続くだろう。
「日本一周を終わらせる」という言い方には違和感がある。
正しい表現ではないし、終わらせることに、いったい何の意味があるのだろう。
今回 旅に出るのに迷ったのは、その部分だった。
終わらせるための旅なら、しない。

走り出した今は、ただ旅にまた向き合っている。
旅の意義とか、目的とか、始めたときからずっと変わらない。

はじめたとき、行こうとしてた場所に行って、帰って、またその次のステージへ行く。
それが今なんだ。
posted by かわら at 21:45| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

バースディ嵐

1月末から2月初めまで、たくさんおめでとうがあったので、書いておきます。

1月24日、なたりのベイビーちゃん誕生のメールが届く。
1月22日生まれ。おめでとう!


1月25日、でーこの誕生日。おめでとう!
1月27日、行った人が皆、お姫様と王子様になるお店にて、だいすけさん主催のサプライズパーティ。
笑いまくりの幸せパーティでした。

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驚きのピアノ型ケーキ!


1月31日、われ等が恵理子嬢の誕生日。おめでとう!
新丸子にて稽古後、お祝い。

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ゆきえママ特性ケーキとツーショット!

みなさんからメッセージを集めて、本をプレゼント。
ご協力ありがとうございました。


2月2日、鎌倉の龍さんの誕生日!おめでとう!
2月5日誕生日の龍さんママ、そして居合わせた2月生まれの皆さんも一緒にお祝い!おめでとう!
初対面の人たちばっかりだったけど、あったかくて光る人たちが集まっていて、ありがたい出会いを、逆に岡野家からプレゼントされてしまいました。

美味しいご飯、そして最後には雪まで…!

yukidaruma.jpg


そのこさんと合同制作した、カズ先生雪だるま!


2月4日立春、函館さっちゃんの誕生日!おめでとう!
お手紙がちょうど当日に届いたと、お電話&お手紙いただきました。
私の函館のお母さん、思い出すたび、じんとくる人。これからもどうぞよろしく。


2月5日、なかたにこういちさんのベイビーちゃん誕生、おめでとう!
直接の知り合いではないけれど、アースディ北海道や龍さん仲間の共通のお友達で、メーリングリストにもたくさんのお祝いメールが飛び交っていました。
いつかつながりそうな、木を植えて歩く人です。


毎日、たくさんの人たちが生まれたり、おめでとうを言われたりしているんだな、と思いました。
人だけじゃない、たくさんの命が。
生まれて、おちて、つながっている。
ありがたい日々ですなぁ。今日もおめでとう!
posted by かわら at 21:45| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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