2008年05月08日

マンボウ、ウミガメ。

熊野古道はどこか歩きたいと思っていたが、スケジュールとしては厳しそうだ。
お四国さんまわりも、熊野古道も、歩けなかった。
それは残念ではあるけれど、いつか歩きたいと思う。
人生のうちに一度は、そういうタイミングも現れるような気もする。
熊野古道も、壮大な修行の道だった。
横目で見ながら、紀伊半島をすすむ。

尾鷲の海岸線沿いは、三田さんが若いころに歩いて、月明かりに感動した道。
行こうか迷ったが、やめてしまった。

ウミガメの道の駅で就寝。
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救世主現る!

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紀北町に入る手前。
ギアチェンができなくなる。

うぉぉぉ!ついに!
もうここんとこずっと様子がおかしかったが、尾鷲、熊野がこれだとなぁ。

マンボウの道の駅で、修理を試みるが、落とした部品を探してたらふんずけてヒシャゲさせた。

あぁぁ…

幸い、部品は柔らかいプラスチックだったので、どうにか戻ったが、ワイヤーをどうしたら固定できるかわからない。

んー

近くの自転車屋を聞いたが、電話に出ない。

どうしようと思っていた矢先、自転車をたくさん積んだ車を駐車場に発見。
しかも、でかでかとジャイアントと書いてある。

おー!?

そわそわしながら待っていたら、ジャイアントのシャツを着たお兄ちゃんと、チームのシャツを着たお兄ちゃんたち5人が現れる。

相談したら、パキパキと直してくれ、おまけにワイヤーをくれた!

うひゃ〜
なんて幸運!

湘南から来ていた彼らは、和歌山 熊野のレースに出場するのだそうだ。
また会えるかな。

しかし、まさに、救世主!
ありがとうございました〜

私も、熊野を目指すぞ。
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2008年05月07日

お伊勢さん

三重の津には、沖縄で会ったタンザニア人のヤシンタさんがいる。
近くに行ったら寄ると言っていたけれど、なんだか会うことに前向きになれなかった。

疲れてくると、人と接するのがおっくうになってしまうのは、やはり格好つける癖のため、人と会うと肩肘張って、余計に疲れてしまうからだ。
いい子にしていなきゃ、とか、良く見られたい、とか、嫌われたくない、とか。
そういう気持ちから卒業したい。
人といながら、リラックスしていたい。
私はまず、一人でいても、どこか緊張している、ということに気がついた。
そこから緩めていきたいけれど、人もいる状態で脱力するには、まず人と過ごすことを訓練しないと、できるようにならない。

とにかく気持ちはどこか痛めながらも、ヤシンタさんには連絡をとらず、先へ進む。


お伊勢さん。
入る手前で、自転車に乗ったおっちゃんにお伊勢さんへの道を聞いたら、お伊勢さんに通って「ん十年」の、お伊勢さんを愛するジモティだった。
おっちゃんも、お伊勢まわりに行く途中のようだったので、話を聞きながら一緒に走る。
網干の有末のお父さんを思い出させる人だった。

外宮、月読宮を参り、内宮へ。

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月読宮。

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お伊勢さんのお参りは、楽しかった。

内宮からは、うりぼうさんお勧めの五十鈴川沿いを抜ける道。
途中、湧水を汲んでいるお母さんがいて、しばらくお話しする。
素敵な方だった。

湧水をいただいて、先へ進む。
これが、確かに渓谷沿いの素敵な道なんだけれど、入った時間が遅くて、山を抜ける前に日が暮れてしまいそうだった。

途中、パーン!パーン!と銃声がする。
なんだろう?あまりに大きな音で、びっくりした。
小さな小さな部落が、ぽつりぽつりとあるのだが、気さくそうなお兄さんと挨拶したときに訊ねると、猪か何かを追い払っている、ということだった。
仕留めるわけではなく、驚かすだけのようだ。
それなら、間違って弾に当たることはないか。

山を抜けるのに、本当に厳しくなってきた。
気持が焦る。
しかし焦っては、気持ちも体力も余計に消耗するし、判断力も鈍る。
山に入ったときは、特に、気持ちを落ち着かせることが大事だ。

視界が乏しい中で、心細くなりながらも、ようやく、道の頂上に到着。
19:30になっていた。
もう、ほとんどうすぐらいが、ぼんやりとふもとの町が見えた。

景色を撮ろうと思って、携帯をかまえると、すぐ後ろから、ウゥゥ!!
大型動物の唸り声。
姿は見えないが、道のすぐ脇から始まっている藪の中にいるようだ。

イラっとして「おまえ、早く行けよ!(でないと食っちまうぞ)」とでも言った感じだった。

はい。

もちろん、すぐに退散。

いや。。あれは、やはりクマだろう。
あの声は、猪よりは大きい動物だった。
クマか、それ相当の。

下り道は、当たり前だが真っ暗だった。
街灯も何もない。

シカやサルの群れに遭遇した。
逃げてくれるけれど、ぶつかったりしたくない。
良く見えないので、ブレーキをたくさんかけながら、口笛とベルで音を鳴らしながら、真っ暗な山道を下る。

しかしまぁ、最近の読みが甘いこと。
旅の初めのころは、もっと時間を予想して動いていた。
旅に慣れたともいえるだろうけれど、それで旅の初めとは別の、苦労のしかたをしている。


ようやくふもとに降りる。
紀伊半島の道は、本当に何にもない。

港町には、スーパーや住宅があった。
誰か、声掛けて泊らせてくれないかな、そんな甘いことを思っているときのほうが、なかなか人は話しかけてくれないものである。

漁港の倉庫で、なんと出雲と9号線で見かけたチャリダと思われるテントが張ってあった。
この人も、どんなコースで来たかはわからないけれど、だいぶハイペースのチャリダのようだ。
3晩もコースが共通なんて、やはり縁のある人なのだろうか。
しかし、声はかけなかった。

もう少し先にある、スーパーの軒下にテントを張らせてもらう。
幸いにも外付けの電源があり、ありがたく携帯の充電をさせてもらった。
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2008年05月06日

伊賀へ

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うりぼうさんちからの朝日。
朝食らしいものを作る、と言って出してくれたのは、まさしく「朝食」だった。
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う〜ん、やはり、チャリダおとん、うりぼうさんである。


大阪から法隆寺、奈良とまわって伊賀、そこから伊勢というコース。
あきらさんの紹介で愛知に住むあかねさんと、一緒に走ろうと言っていたが、予定が合わせられなくなってしまった。

法隆寺、奈良は、なんとなしに過ぎてしまった印象。

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伊賀へ行く道は、なかなか面白くあった。
気になっていたのは、南山城村にある「おおかわら」という場所。

去年12月の京都では山城にお世話になった。
縁を感じてしまう。

伊賀に着いたのは8時手前。
道の駅の店は、連休のおかげで従業員も多く、テントを張るのを人がいなくなるまで待っていた。
しかし閉店しても居座っている私を変に思ったのだろう。視線が痛い。

おばさん二人が声をかけてきた。
たいてい、こういうお母さん世代の人たちは心配する。
ありがたいことのはずなんだけれど、どうしても煙たくなってしまう。
こう言うところが、まだまだ未熟者だよな。

近くに、健康センターがあり、そこに泊まるよう勧めてくれたが、結局、テントを張って寝る。
つくづく、私は頑固者だなぁと思う。
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2008年05月05日

ウリボウさんちへ

大阪の老舗ジャズフェス、祝春一番に出演。
とってもゆるくて、大御所揃いで、お客さんものりのりで、独特の雰囲気だけれど、楽しい文句なしのステージだった。

井上先生とアニャンゴにたんまりご馳走になって、またしばしのお別れ。

これから、奈良経由で紀伊半島、和歌山から四国東側をまわって、徳島から東京に帰る、というのが、日本一周の最後のコースになる。

午後4時頃。
とりあえず奈良方面だが、しばらく走ると雨が降ってきた。
大阪には、何かと知り合いがいるし、来たらおいでと言ってくれている人たちだ。
吹田には、うりぼうさん。池田には、みおちゃんの実家。高槻にはサカキマンゴー。

うりぼうさんに、ダメ元で連絡してみた。
今、千里にいるんです、というと、泊まるところ決まってるん?うちくるか?と言ってくれた。
やっほー、さすがうりぼうさん。
お言葉に甘えて、吹田へ。

うりぼうさんは、四国の山を登って帰ってきたところだった。
疲れているところ、すみません。
ほんと、チャリダのおとん、うりぼうさんだ。

与那国ではふくやまに泊まったうりぼうさん。
マキヤさんに電話していた。
私も話したが、マキヤさんが私を覚えていたことに内心驚いた。
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2008年05月03日

西へ東へ

飛行機で関空から札幌へ、札幌でダンスクラスののち、とんぼ返りで関空へ。
札幌滞在時間、約3時間。
ゴールデンウィーク中で飛行機代は通常の倍近い値段。
アホみたいなスケジュールであるが、他にとれる方法のない、仕方のないことだった。
私のアホみたいな爆走の1週間も、このスケジュールに合わせるためだった。
良いか悪いか。
方法で言うと、どちらかというと良くないような気がするけれど、結果はまずまずだったと思う。

アスダの家にもう一泊お邪魔する。
今度はご家族にも短い時間だけれどお会いして、お話しすることができた。
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2008年05月02日

ハチ北の小学校

鳥取砂丘をすぎ、海岸線を行くか9号線をそのまま走るかぎりぎりまで迷ったが、結局9号線を走ることにした。

井上先生に電話をする。
ハチ北にある兎塚小学校の先生なのだ。

どのくらいで到着するか伝えたが、ハチ北は9号線の一番高い場所らしく、ずっと登りが続く。
予想到着時刻を過ぎてしまい、井上先生から電話が来る。
小学生たちを思い浮かべながら、なんとか走りきる。

しかし、本当に山の中で教えているんだな。
これが井上先生のパワーの源だったんだ。

ようやく着いたのは、学校が終わって間もなくの14:30頃だった。
笑顔で迎えてくれる。

小学生たちに、自転車にメッセージを書いてもらう。
井上先生もサインしてくれた。

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京都まで行くというと、無謀だ、と言う井上先生。
今までの無茶な走りっぷりを思うと、まぁ、ぼちぼちたどり着けはするかなぁ、という気がした。

そこからはずっと、ほとんど下り坂だったので、調子よく進んでいた。
しかし、鬼門があったのである。
12月も、足首を痛めて折り返した福知山。
またも、そこから先に進めなくなった。

福知山のセブンイレブンでうずくまる。
明日、関空から札幌に飛行機で飛んで、よさこいの札幌ダンスクラスをする予定なのだ…
本当に、無茶な約束をしてしまったものだ。

京都のアスダの家に泊れるよう、お願いしていたのだけれど、どうしよう。。
前に、足首を痛めたとき、福知山から自転車ごと電車に乗れないか頼んだことがあったが、どうしても許してくれなかった。

どうしても、限界でこげない、と思った。
自転車は駐輪場に預け、必要な荷物を持って、自分は電車で京都へ行くことにした。
自転車は、5月4日の関西ダンスクラスのあと、取りに戻るしかない。

アスダの家には、やはり午前1時頃に到着。
アスダは快く迎えてくれたが、お母さんに「何時だと思ってるの!」と怒られていた。。
申し訳ない。。
ご飯、お風呂をいただき、就寝。

1時間で起き、関空にむけて出発した。
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夜の星空が教えてくれたもの

眠い…

一時すぎ、鳥取因幡の白兎に到着。
今日のナイトランは格別だった。

今の世の中には、夜がない。

昼間の視覚的時間から、夜の感覚的時間へ。
坂道を軽く感じたり、身体の心地よさを感じたり。
物語が生まれるのも、夜の営みを楽しむのも、闇によって感覚が研ぎ澄まされるからこそ。

夜のほうが、身体の状態がよくわかる。
感覚だけが頼り。

夜も、昼間みたいに明るくして、人間の感覚は鈍るばかりだろう。

灯かりなんてなくなればいい、そう思いながら走っていた。
そして、灯かり一つない、星だけの道に出て、初めて知る、恐怖。

灯かり一つなければ、私は夜、ここを走ることができないのだ。

大空を輝く星よりも、街の灯りが美しい。

BEGINのこのフレーズを、ようやく知るときが来た。

後方から猛スピードで来るダンプカーの灯りに、どれだけほっとしたことか。

一回本当にひかれそうになったりしながらも、人と灯りの関係に思いを馳せた夜だった。
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2008年05月01日

ずーずー弁の出雲

出雲は本当にずーずー弁だった。
出雲だけ、である。

朝、挨拶をしたお巡りさんは、ごく自然にずーずー弁。
謎である。

出雲大社は、たまたま、特別に中まで入れる日だった。
しかし、適切な格好で、という厳粛なものだった。
神様に、格好は関係ない、心が肝心だと思う。

たくさんの神様が降りてくる場所、ということで目指してきたが、出雲大社そのものには、特にこれといった感想はなかった。
あまり魅力も感じなかったので、中が見られる時間になるのを待たずに出発。

あとでたくやくんに聞くと、人がたくさん並んでいて入れなかった、ということだった。


宍道湖を過ぎて松江。
鳥取の大山で、与那国で会ったくみこさんに会う連絡をとる。
ついでに、洗濯とお風呂を貸してもらえるように頼んだ。

甘えて申し訳ない、とは思ったが、としをさんの家以来、一度も洗濯、お風呂ができていない。
風邪ひきだし、毎日ぶっ通しで走るし、自分のメンテナンス時間はゼロに等しい。
ぼろ雑巾って、こんな感じかもしれない。
自分を維持するために、人を利用するなんて、どうかと思うこともあるけれど、格好つけていても何にもならないときもある。
このときは、甘えさせてもらって、良かったと思う。

実際には、大山まで到達できず、米子で待ち合わせをした。
くみこさんは、仕事の合間で、与那国で会った時に比べて、かっちりしていた。
大山に行く時間はとれないので、米子に住むくみこさんのお友達の、新婚さん宅にお邪魔させてもらい、お風呂と洗濯。
一通りお世話になったところで、時間オーバー。

結局、用件だけで、失礼だったなと思うけれど、本当に助かった。
くみこさんからは、お土産のたこ焼きまでもらう。
いつかお返ししないと!


大山を過ぎて、白兎海岸、鳥取を目指す。

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本当は鳥取砂丘でキャンプしたいな、なんて思っていたけれど、白兎海岸の道の駅に着いたのは午前1時過ぎだった。

鳥取の9号線は、ウソみたいにまっすぐで平坦な道が続いた。
なんだか気持が良くなって、急いで移動するのがバカバカしくなった。
夜の風を感じながら、自分のペースでこぎ出すと、だいぶ楽しくなった。

途中の道の駅で、出雲の手前の道の駅にいたチャリダと思わしきテントを発見。
この人もずいぶん走る人のようだ。
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2008年04月30日

チャリダたくやくん

山口からはひたすらずっと9号線の旅である。


たしか、道の駅ゆうひパーク三隅だったと思う。
チャリダを発見して、声をかける。

たくやくんは、鹿児島を出発して北上を始めたばかり、ということ。
チャリダ2008年度生だ、と内心喜んでしまう。
別に年度なんて関係ないんだけれどね。

私を年下かと思ったらしいが、7つくらい年下だった。
日本一周にも、年齢なんて関係ないんだけれど、
私は18の時、何してたかな、何にも考えてなかったような、でもあの時はあれで、かけがえのない時間を一生懸命生きていたな、そんな回想をしてしまう。

18で自転車日本一周をしているたくやくんは、ある意味ではうらやましいけれど、わたしの18だって、良かったし、
あの18があったから、今、自転車日本一周をしているのだ、と思う。


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とりあえず、嬉しくなってたくやくんにはベラベラとしゃべりかけてしまう。
お金が足りなそう、というたくやくんに、今までの節約はどうしてた、とか、お節介にもアドバイスだと言わんばかりに話す。
う〜ん、お節介おばさんの素質、じゅうぶんにありだ。っていうか、現時点ですでに。

方面は一緒だけれど、同行する話にはならなかった。
ちょっと残念。

先に行くたくやくんを見送って、私も間もなく出発する。


島根は、でーこのおじいちゃんちがあって、くろまつの海岸がおススメと言うので、見に行く。
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石見銀山などの見どころはスルーして、出雲を目指す。

夜になっても当たり前のように走り続けていると、あれれれ?左手の歩道でたくやくんを見かける。
しかし間を外して、声をかけず、止まらずに進む。
こういうとき、戻ろうか迷うのだけれど、なんか気恥ずかしくなってしまうのだ。

しばらく進むと、後ろから、声をかけられる。
たくやくん「あれ、いつの間に追い抜かされたんだろう?」というのにとぼける私。
こういうときって、ほんとに恥ずかしい。
つくづく私は、カッコつけるタイプで、格好悪い。


たくやくんとのナイトラン。
ここ連日の無茶な走りで、だいぶ惰性で進んでいたので、走りに覇気がなかったが、仲間がいるとちょっと見栄をはって走ってしまう。
やはり格好悪いな。

一緒に話しながら走る。
たくやくんは音楽も好きで、ギターも弾くということ。
ギター持って、旅しようかな、なんて話していた。


きらら多伎という道の駅で、休憩。
過ごしやすそうな広く屋根もある道の駅で、すでに1台チャリダの先客がいた。
出雲で日の出を見たい、と思っていたので進むつもりだったけれど、結局泊まることに。

たくやくんは、朝遅いらしく、ここでお別れとなった。
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2008年04月29日

山がち山口

広島を経由することを考えていて、与那国の剛さんにも友人を紹介してもらっていたのだが、予定が合わず。
広島は、れみちゃんおすすめの地元の広島焼きを食べてみたかったのと、ヒロシマ・ナガサキには行ってみたいと思っていたのとで目指していた。

しかし、この1週間の移動はハードすぎる。
山陰に抜けて、関西に出るコース、どうにか縮めたいと考えていた矢先、山口から山陰に抜けることを思いつく。
山口〜広島が、実はだいぶ距離があるのだ。
広島をやめて、直接出雲に向かえば良いのだ。
剛さんの友人さんと、予定が合わなかったのも、結果的に助かった。


北九州、下関を抜けて、山口へ。
下関を出たところで、自転車乗りのおじさんから名刺をもらう。

そして、山口に入ったところで、南下していくおっちゃんチャリダとすれ違う。

山口は、物価の低さに驚いた。
沖縄、九州もかなり、安いと思ったけれど、山口はさらに価格破壊が起きている?!
2号線と県庁所在地の山口、本当にかじっただけだけれど、山口なだけに、山がちだった。
あんなに山も清流も近い県庁所在地、他にないんじゃないか。
純粋に、いいところだなぁ!と思ってしまった。


9号線に入る。山間の道で、電灯がない。
休憩のつもりで止まった道の駅「長門峡」。19時〜20時くらい。
このくらいの時間になると寒くなる。
佐賀のあと、ハードスケジュールで、風邪をひいてしまった。
着替えたり上着を出したりしているうちに、もう寝床にしてしまうことにした。
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2008年04月28日

福岡へ

佐賀から、今日はできれば山口まで抜けたかった。
しかし、やはり無謀。

としをさんのお家では、としをさんのほうから、「たぶんきっと、とりあえず飯と風呂と洗濯はしたいんじゃないかなぁと思って」と言ってくれたので、だいぶ甘えさせてもらった。

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おきゅうと。


かなりリフレッシュさせてもらった。
朝もゆっくりと出発。

鳥栖を通って、福岡へ。
移動の負担を減らすために国道3号線コースを選んだが、消耗が激しい。
人とふれあえない分、回復ができない、という感じだろうか。
殺伐とした道では、思うようにすすまない。

北九州は、人があまりよくないとか、あんまり良い話を聞かなかったため、泊まるのは避けようとした。
北九州の友達だって、いいやつらだったし、なんだかそういう先入観はよくないと思うのだけど、私は何気に慎重派なのだ。
そういうわけで、福岡から北九州は抜けたかったのだが、福岡を抜けて夕方になり、体力も気力もなくなってきた。

野宿はせめて道の駅でしたい。
地図で岡垣にポイントがありそうだったので、目星をつけたが、なんと自動車専用道路のPAだった。
目前で気がつき、かなり脱力する。

えびつという町で、エネルギー補給にスーパーに立ち寄るが、もうそろそろ限界だと思う。
公園を探す。
住宅地の中に、水場のあるちょっとした公園を見つける。
宴会で騒ぐ声が聞こえるし、住民の車が出入りする道があるので、何か言われそうだけど、この先に探すのもしんどい。
腹をくくってテントを張る。
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2008年04月27日

佐賀へ

長島を早朝に出る。
フェリーの時間を調べていなかったが、朝一は7:00くらいに出るのではないか?

予想は当たって、出港ぎりぎりの到着、なんとか間に合う。
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船で、しきりに感心してくれるおじさんに会う。
すごい根性だ、ご飯の足しにと、お金を出してくれそうになったが、丁重にお断りした。

船を降りる。
天草だ。

しばらく走ると、さっきのおじさんが、持参の原チャに乗り、道の真ん中で話しかけてくる。
危ないので止まると、夏みかんをくれた。

さて、今日はとしをさんのいる佐賀まで走るので、寄り道せず国道をひたすら北上、の予定だった。

しかし、途中で呼び止めて、やはり夏みかんをくれたお兄さん。
いや〜せっかく来たんなら、海岸線を走ると天草の本当の良い景色が見られるんだけどな。

そんなに言われたら、行かないわけいかないよ。

寄り道してしまった。

そこはチャリダだから、しょうがない。


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実際の景色というと、特に何か言えない。
私は景色より状況で感じるタイプだと思う。
感受性はあるが想像力が足りない、私らしい反応。

距離はかせがないとならないけれど、できるだけ、移動ではなく旅をしたい。


天草を出たのは2時頃だっただろうか。
船で雲仙の南端へ渡る。

夕方にさしかかっていたが、佐賀はまだまだ先。
アップダウンの少ないコースを選んでいくが、島国日本では、あまり期待できない。


としをさんに連絡しながら進む。
遅くなるぶんにはかまわない、という返事。
ありがたいが、本当に到着できるのだろうか。
だいぶ辛い状況になってきた。

真っ暗で、アップダウンのある海岸線沿いを走る。
今日は、誰がなんと言おうと、頑張ってるぞ。


なんと、佐賀には日をまわって1時に到着。
としをさんも自転車で迎えに来てくれた。
大学のとき、としをさんやそえっちが自転車で遠出していたのを、当時は全然興味がもてなかったのに、今は自分がやっているなんて。


としをさん、大学のときより、だいぶまるくなった。
性格が、である。
なんだか、きっと、いろいろ苦労を経たのかなぁ、という感じ。

見た目は、若い。
地元に戻って、今は医学部に通っているとしをさん。
やはり大学生と一緒に過ごしているからだろうか。


としをさんちは、すごくきれいだった。
実家だけれど、ご両親は別宅にいることが多く、ほぼとしをさん一人で使っているらしい。
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2008年04月26日

長島

鹿児島行きの船の中で会った日本一周カブ乗りのハルミンは、歩さんの知り合いだった。
世の中狭いのか、あゆみさんが顔が広いのか。

ハルミンとお別れをして、さて。
内地にもどり、ここからは爆走の日々だ。
5月2日までに、大阪付近まで走る。
船の中で改めて計画を練り、青ざめる。
本当に、ぎりぎりすぎる計画だ。

長島まで、爆走。

鹿児島から熊本までの北上コースは、もうすでに走っているので、別の道で、長崎、佐賀、福岡を走る。

長島の道の駅では、小川さんという男性の話し相手になる。
両親を立てつづけに亡くし、すごく寂しそうだった。
お家に招きたがるが、丁重にお断りした。
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鹿児島へ

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鹿児島 佐多岬が見える。

沖縄に着いてから今日で2週間。
その中の、八重山の10日間は特別だった。

与那国の5日間で、今までと、今と、これからの人生がつながった。

帰り道の3週間は、与那国の出来事をもって、消化と反芻を繰り返す時間であり、重なっていく新たな道への一歩でもある。

今、生きていることは、
これまでの出会いと出来事の積みかさねで、
その中にいらないことなど何ひとつない。

人だって、地球だって、みんなそうなんだ。

今までの人生に誇りを
これからの人生に希望を

全てのことに感謝して
私は今を生きていく
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2008年04月25日

再び沖縄。一瞬の滞在。

夜、沖縄に到着。
明日の朝、鹿児島行きに乗る私に付き合ってか、みんなで同じ場所で野宿。

鹿児島まで、また丸一日かかる。沖縄食材を買い出し。
物価がやっぱり安い。

野宿場所にやってきたワンコロ。
人懐っこく、食べ物をとられるのでは、とみんなで少し警戒。

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2008年04月24日

さよなら八重山。

まだ暗いうちから、フェリー乗り場へ移動。
あさこさん、あゆみさんも、見送りに来てくれた。

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あゆみさんが、現役日本一周メンバーを写真に撮ってくれた。
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写真を撮るあゆみさん。
石垣で、あゆみさんが大好きになった。
正直でまっすぐ、たくましくて優しいあゆみさん。


フェリーは遅れたが無事に出発。
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乗り場から見送るあゆみさんとあさこさん。


八重山の長かった3人は、感慨深げだった。

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朝日に坊主。

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プラス慶太君。

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船の上では、雨島以外、ちょっとグロッキーになっていた。
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2008年04月23日

与那国から石垣へ。

与那国から石垣に帰る。昨日はすごい嵐で、今日は強い風が吹いていた。
明日の早朝発の、沖縄行きフェリーを逃しては、本島に帰るのがまた1週間先延ばし。島流しにあってしまう。

剛さんに、フェリー乗り場まで車で送ってもらうが、乗り場ではばってん印を作る男性が待ち受けていた。
強風で、今日、明日と欠航するらしい。

フェリー乗り場には、わざわざスドチンが見送りに来てくれていた。
なんていいやつなんだ。

欠航と聞いて、わたしの心は決まっていた。
フェリーチケットを払い戻ししてもらい、飛行機で帰ることにした。
自転車を持ってきていなかったからこそできる変更だった。
本当に、いろんなことは回り回っている。



同じ飛行機で、剛さんも石垣の病院に行くことになっていた。
お土産に与那国の黒糖と、蔵盛さんちの塩を買う。

剛さんの手伝いをしながら、石垣へ。

同じフェリーで、小浜キビ刈りの日本一周メンバーである、慶太君とトッキー、そして、コスタに泊っている雨島も、沖縄へ戻る。
歩さんが、23日は送別会だ〜と、前々から言っていたので、私も今日はコスタに泊って参加する。

歩さんに、与那国の話をした。
旅で、自分の次の行先と思う場所に出会えたのは、やはり大事なことだと思う。

夢と現実を繰り返しているとも、言えるかもしれないけれど、今の私はこうして成長しているのかもしれない。
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2008年04月20日

東崎

比川のキャンプ場で、比川のおじーたちと仲良くなった。
キャンプ場整備を手伝えと言われたが、実際は、あんまりやることがない。
休憩のときに、おじーの話し相手になるのが仕事、という感じだった。

そっと抜け出し、東崎を目指す。
満月を見るのだ。
誰にも言わずに出たが、慶太君に見つかった。
気をつけてくださいね〜。

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途中、慶太君とトモ君が作成したものに、私も参加。


道を間違って、なぜか祖納のほうに出てしまった。
あらら。
でも、とりあえずここまで来たし、行くぞ、東崎。

途中、心配した慶太君から電話が来た。
意外に遠くて、真っ暗になってしまったが、なんとか到着。

電灯を持ってきていないので、手探りだが、馬がたくさんいる。
困っていると、後ろから車が一台。
誰か降りてくる。

「こんばんは〜」と声を出すと、なんと慶太君だった。
キャンプ場のおじーたちは、宴会を始めていたが、私の不在を知って心配だから、と慶太君を派遣したらしい。

本当は一人で来たかったんだけど、迎えが来てしまった。
満月を見に来た、と慶太君を誘う。


月は、雲に隠れていた。
東側は高い崖になっている。
風が強いからか、先に出られないようにロープが張ってあるが、それをくぐって崖っぷちへ。
結構怖いし、すごい風!
ぞわぞわするけど、気持ちいい。


雲が晴れ始めると、月光のカーテンが海面をそろそろと、こちらに近づいてくる。
そして現れた月の明るさ。
影がくっきりとできるほどだ。

SN390131.jpg



そのまま、たぶん1時間は月を眺めていた。


風に交じって、東崎の入口のほうから、なんだか女の人の声が聞こえる。
叫んで、危険を知らせているみたいだ。
しかし、風向きが逆のせいもあってよく聞き取れない。

とりあえず行ってみると、なんと比川のおじーと奥さんだった。
プンスカ怒っている。自殺したんじゃないかと思った、と言う。
だいぶ心配をかけてしまったようだ。
慶太君も、ミイラ取りがミイラ状態だし…申し訳ない。


キャンプ場には、ふくやまの面々に加え、しのさんやスドチン、きゅうさんなども集まっていた。
盛り上がっていたが、私は逃亡者として浸透してしまった。
悪いことをしたと思いたくないので、なんだか複雑な気持ちである。。
マキヤさんじゃないけど、女の子ってたいへん、めんどうくさい。


みんな酔っ払ったので、頃合いを見てお開きとなった。
その後、私を迎えに来てくれた、キャンプ場の責任者のおじーと奥さんが、家に招いてくれた。

トモ君と、ふくやまから一緒だったライダーのお兄さんと、3人で伺う。


奥さんのりえさんが、私が沖縄に来る前、ヘビーローテで聞いていたBIGINのアルバムをかけたので、なんだかリラックスしてきた。
しかもりえさん、ゆがふ島と書いてあるTシャツを着ていたので、聞いてみた。
するとおじーが、ゆがふ島っていうのは、特定の島ではなくて、恵みのある島とかそういう意味だと教えてくれた。
納得である。

同Tシャツには、カジキまぐろが書いてあった。
おじーが、カジキの種類を教えてくれた。
まかじき、めかじき、くろかわ、しろかわ、ばしょう、ふうらい。
思わずメモしてしまった。

りえさんは、大阪から与那国に来て、役場で働いていた。
そのとき、りえさんを海や山やに連れて行った目茶苦茶な上司が、今の旦那さんのおじーである。
おじーは、革新家らしく、キャンプ場ができるまでの3年間や、新しい集落を作る夢を、ぐでんぐでんに酔いながらしてくれた。

おおべっこうかさがい ミヤラビ.jpg

「おおべっこうかさ貝」通称「ミヤラビ」をご馳走になる。
ミニアワビみたいな感じだ。
バターしょうゆと磯の味。美味。お酒がすすむ。
posted by かわら at 20:22| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

与那国での出会い

与那国の南側、比川にキャンプ場ができた。
昨日、トモくんが比川公民館の人と一緒に作ってきたということ。

「泊まってみて、どうしたらいいか意見がほしいみたいなんスけど。」

ということで、今日から比川のキャンプ場で過ごすことに。

ふくやまには、トモくんからの情報がまわったので、
お世話になったマキヤさんに申し訳ないね、と言いながらごそっとキャンプ場へ移動。

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ふくやまの皆さんとお別れ。

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今日は、その比川でフリーマーケットがあるようなので、とりあえず歩いて向かう。

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昨日、ゆきさんちの壁に貼ってあった比川のフリマのチラシ。


ふくやまのある祖納は北側なので、島を縦断する形になる。


寄り道しながら向かっている途中、農家のおじーに声をかけられる。
私はおじさんによく声をかけられるので、普通に歩きながら話をしていた。

はじめは、島のことばを教えてもらった。
与那国の言葉は、方言の域を超えて、異国の言葉である。
「ふがらっさー」が「ありがとう」

このおじー、妙に話が合う。
旅をしている間、西へ西へとむかううち、なんとなく私のご先祖は西のほうから来たような気になっていた。
私は何も言っていないのだけど、おじーは、その裏付けのような話をどんどんする。
なんだろう。
しかも、声は違うけれど、顔がうちの父に似ている。
遠い親戚か何かかもしれない、と思うくらいだ。

おじーは畑も持っているが、海水で塩を作るのが本業で、ちょっとくれた。


このおじー、蔵盛さんとの出会いが、与那国を特別なものにした。
蔵盛さんの紹介で、仲嵩剛さんと知り合い、世話になる。

私は、ここにたどり着くために、日本を走ってきた。
私の次に来るべき場所は、ここだった。
そう思ったのは、旅の中で唯一、与那国だけだった。

あまりに不思議すぎる出会いで、いまだに、よくわかっていない。
行って何ができるのか、わからない。
でも、まずは確かめに行ってみたい。


与那国は、昔は「どなん」と呼ばれていた。
花酒という、アルコール度数60のお酒がある。
日本のチャンガーだ、と思った。
チャンガーは、ケニアのルオの田舎にある蒸留酒で70度近くあるという。
村のじじばばたちが、夜のお楽しみ(じじいたちは昼から飲んでいたけれど)の時間に飲んだくれて踊って、テンパが目も当てられないようになっていた。
その花酒にも「どなん」というのがある。
posted by かわら at 20:13| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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