2008年08月25日

happy to go

26歳になりました。
落ち着いた気持で、自分の26年目をむかえられたのは、今まで出会い支えてくださったみなさんのおかげです。
生まれてきたことに感謝して、一日を過ごそうと思います。
ありがとう、そしてこれからもよろしくお願いします。
posted by かわら at 09:43| Comment(3) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月20日

映画祭

きくちゆみさんの9・11特集はやはり印象に残った。

いのちの食べかたをみていたら、「いのちはどこから食べ物になるのだろう」、という疑問がわいた。
映像にされている、工業生産的な場所では、豚は豚として生まれてくるのではなく、豚肉として生まれてきている。

それを全面否定する形で、次の映画「にんじんから宇宙」が上映される。
無農薬、無化学のなずな農園と食事療法、というか、従来生産される野菜がどれだけ有害かをしめす。

その後、戦争の話。

スターウォーズの逆襲、これはタイトルからしてみないと踏んでいたけれど、やはり途中から参加。
アメリカが宇宙に兵器を置き、宇宙を戦争の場所にしようとしている事実、そして日本もそれに一部加担している事実を知る。
さすがに、思わず、情けない、と思ってしまった。

破壊を伴う開発、てっきりアフリカや東南アジアなど、いわゆる「国際開発」と聞いてイメージする国が題材かと思いきや、舞台は沖縄だった。
基地問題から発生する、環境破壊。
この環境とは、いわゆる自然だけでなく、あらゆる面で人間の居住環境だって困ることになるんだ、
いつまで60年前の戦争を続けるんだ。
いとこのゆいちゃんにも、映像を見せたいという思いと、活動応援の意味で、DVD購入。

ダライ・ラマ14世。慈悲を生きる。
彼の話を聞いて、私は自己肯定をした。
なんて力のある人なんだろう。
彼は、法王だけれど、宗教を過信してはいない。
精神を鍛える技術だ、と自分なりの見解(とそれを超えるだろう何か)を、わかりやすく人に伝えている。
幸せとは、周囲と関わりあっている。
誰もが幸せを求める、それが故、自身が周りを幸せにしようと働く。
それが必ず自分に帰ってくる。
あらゆる虐殺、拷問による悲しみ、憤りを飲み込み、30年間手を上げず、じっとただただ祈る。

そしてきくちゆみさんの9・11、作られた戦争。
これは、やっぱりそうか、という感想。
しかし、戦争のやり口が、時代を追うごとにどんどんえげつなくなっている。

強いものはますます富み、弱いものはいつまでも貧乏。
このまま進めば救いようがないよ。
でも、少なくとも私のまわりでは、この流れに立ち向かい行動する人たちのほうが目に付く。

私だって、と思う。
焦ってもしょうがないけれど、
まず、1歩前進する、そのことから始めていこう。
posted by かわら at 00:09| Comment(1) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月19日

旅の持ち物

旅から帰って、ずっと自転車に乗っていなかった。
それどころか、自分の喧騒にかまけてほったらかしにしていた。

よくないね。

とにかく、ようやくウッドハートスポーツの村田さんのところへ預け、総点検、クリーニングをしてもらった。
今、受け取ってきたけれど、一皮めくれたように(実際ほとんどそんな感じに近い)きれいになっている。

村田さん、ばらして中まで掃除してくれた。
修理よりクリーニングに時間がかかった、と言っていた。
ほんとうに、どこまでも人がいい村田さんである。

それで、秋から自転車日本一周を考えている方とお話しした。
旅の間もあったけれど、旅に出ようとしている人から、相談?というか質問されることがちょこちょこある。
前々からいつか書こうと思っていた、旅の持ち物について。

ざっくりと以下のようにわかれる。

●前の2つ:食糧、キッチン
●後ろの右:衣類
●後ろの左:自転車用品
●荷台:テント寝袋、ミレーの45Lバックパック
●フロントバッグ:貴重品入れ、荷台のバックパックの頭部
●その他:本体取付のライト、靴、帽子等

荷物を積むポイントとしては、左右の重さが同じくらいになること。
左右の重さが違うと、タイヤへの負荷のバランスが偏って、すぐにフレが出てきてしまう。

旅の出始めはそれを知らず、右手首が弱かったので、右側の荷物を軽くしていた。
はじめの1ヶ月は、自転車もまだもっていたし、気がつかなかった。
しかし、二戸でお世話になった小松さんから本をいただき、左右の重さの差が開いたら、あっという間に、八戸までで前輪に左右の遊びがでてしまった。
重さのバランスのせいだったと気がついたのはいつだったろうか。
下北半島は、がくがくするのを手で押さえながら走り、函館の自転車屋で修理してもらった。


さて、積み荷に戻ります。
ひとまず全部リストアップしてみます。

旅のお供の道具たちは、減量のために厳選し、しかもボロボロになるまで使う。
愛着があるからコメントも書いちゃいます。
長くなりそうだなぁ。


●前の2つのバッグは、食糧はその日その日で変動するので、重さをみて流動的に配分していました。
なので、まとめて書きます。


[キッチン用品]

・スノーピークのアルミコッヘル。中、小のセット、入れ物(網状)

キッチンは、昨年7月、北海道から青森に帰ってきたとき購入。
ユニフレームとかのほうが安かったけど、形とかマークとかが、断然スノーピークのほうがかわいい、と思って。

でもその感覚って、なんていうか、アウトドアに毒された感があるような。。
どうして、スポーツとかアウトドア用品って、妙に派手な柄とか色になってるんだろう?
スマートなデザインものって高いし。


・ユニフレームのコンロ、カセットコンロボンベ

型が古いらしく、安くなっていた。確か2000円代で購入。

アウトドア用品店があると、ついついのぞく(これも毒されてる)んだけど、もう私と同じのは見かけない。なんかうれしい。
しかも、小さいのに安定してるし、見た感じもかわいい(また言ってますが)。

登山用で気圧の変化に強いタイプのものもあるけれど、私はお手軽さをとった。
初心者の日本一周だったので、不便は感じなかったけれど、海外に行くならガソリン式がいいのかな。

カセットコンロのボンベは、消耗品。
3つセットで売っていることが多く、若干の悩みの種。
与那国では飛行機に乗る時に回収された。
ちなみに長距離船(フェリー)はそういう荷物チェックを一度もされなかった。


・マイはし

6月、八戸でお世話になった伊藤さんからいただいた。
きれいな和柄の箸袋に入っている。

このときからマイはし持ち歩き、割りばしが出てもわざわざ返すようになる。
マイはしがいったい、環境に影響を与えるのか、正直わからないところ。
割りばしは間伐材を使っていたりして、間伐は人の入った森林には必要なことだし、むしろ使ったほうがいい、という意見もある。

でも、マイはしは、「意識」の表れだと思っている。
地球のことを大事にしたい、という気持ちを、自分で確認する。
副産物的に、あぁ、私も、と思う人が出てきたら、それもいいなと思う。

実際に、私を見て、そう言ってくれた人もいたし、割りばしと間伐材について言う人もいた。


・果物ナイフ

刃の部分に木のケースがついて500円。これも青森で購入。
安物で、ケースはすぐ壊れたけど、上から輪ゴムでとめて、まだ使っている。
切れ味はそれなり。というか、旅の間は野菜くらいしか切らないので、充分だった。


・コップ

たぶんエミレーツの飛行機でパクったと思われる、機内食で出てきたコップ。
このコップの良さは、プラスチックで軽量(しかもタダ)なのに、耐熱性ということだ。
カリフォルニアにいる叔母の旦那さん、福来さんがお気に入りで、力説を聞いてから真似している。
形もそれなりに気に入っている(数があっても重ねられる)。

飲み物の入る量はそんなに多くないし、登場回数も少ない。
けれど「たまにはお茶でも淹れるか、でもコッヘルで飲むのはなぁ…」というときが、やはり訪れるのである。
あとは、旅仲間が現れたりして、おすそ分けをいただくとき。
とりあえず、あるとそれなりに良い。


・風除け

コンロで炊く時に、アルミの固いやつで囲うと、風除けになるし、保温にもなりガスの消費量も減る、というので持っていたが、ほとんど使わなかった。
買ったのではなく、家でコンロのまわりにつけていて、古くなって使わなくなったものだったので、もったいない思いはしなかった。
毎回出す、しまうのが面倒なのと、テントや壁際など、風のよけられる場所を見つけるほうが、私にとっては楽だった。
次に出るときは持っていくだろうか。うーん。


・調味料

調味料は、たくさん(五香味とか、チリパウダーとか)持ち歩いたときもあるし、塩、砂糖だけのときもあった。
基本的にあまり使わなかった。塩があれば事足りる。砂糖も私は使わなかった。

塩は、秋田で男鹿半島の海水で作った、その名も「なまはげの塩」が、ケースも使い勝手がよく、愛用。
やたらと使うわけではないので、今でも残っている。
秋田の食事は、日本一しょっぱかったのだが、この塩もしょっぱい。

与那国で蔵盛さんから塩をもらって、それ以来はそちらを使っていた。
こちらの塩は、後味に甘味がある。
黒潮と親潮の違いらしい。
黒潮のほうが海水が温かいので、溶けているミネラル分も多いということなんだろうか。

液体類(醤油など)は、もれるのがいやで一度も持たなかった。

ハチミツは一時期はまった。
練りゴマが賞味期限間際で安売りしていて、ハチミツといっしょに食パンに塗って食べるとおいしいし、チャリダにとってはかなり良い補給食かもしれない。


・油

油は、小さな瓶にごま油を入れて。しかしほとんど登場せず。
生の肉類はほとんど食べず、野菜で出る水分で炒めたりしていた。
でも何が食べたくなるかわからないし、これは一応持ち歩いておきたい。

やはりもれてしまうのだが、小さいペットボトルか瓶に詰め替えるのが適当だろうと思う。


・乾物

にんにく、ひじき、わかめなど。

切干大根は、実はかなり臭う。
最初、荷物の中で何か腐ったものがあるのでは、と思い、全部出して捜索したが、わからなかった。
まさかの切干大根。気づくまでに1週間弱かかった。

手軽に栄養が取れて長持ちするので、重宝するのだけれど、旅の食事はワンパターン化しやすいので、うまく使わないとゲンナリして余らせる。
干しシイタケや、キビや、桜エビ。
おそらくいろんな乾物をうまく使えば、旅でも豊かで楽しい食生活が生まれるだろうに。


・米

旅中、米を炊いているというと、驚かれることが多いが、経済的だし、腹もちも良いし、米一番である。
私は玄米や香り米、黒米など、田舎町の安売りを、道の駅やスーパーで見つけてはいろいろ試していた。
白米は、栄養をそぎ落としてしまっていると思うし、玄米のほうがたいてい安い。

時間や水加減など、はじめは失敗したけれど、味も歯ごたえもある玄米を食べると、ああ、お米を食べている、という感じがする。
塩を一つまみいれると、うまく炊ける(気がする)。


・その他食材

地域ごとでいろいろな思い出がある。
外食をほとんどしなかった(金銭的にできなかった)ので、ご当地ものは貧しい自炊か、値下げされたお惣菜を買うか。

そして最も何より贅沢なのは、お世話になったお家でいただくご飯である。
やはりこれだけありがたいことは、ないと思う。
私も、人に嬉しいことをしていきたい。


・スポンジ

一応持ち歩いたけれど、あまり使わなかった。
シャロムでの話を聞いてから、旅の間はもちろん、家でも洗剤は使わないでいる。

お行儀は悪いけれど、捨てるのがいやなので、コッヘルはなるべくきれいに舐めて、一粒、一滴も残さず食べる。
水で流しながら手で洗って、手ぬぐいで拭けばOK。

洗濯やお風呂では、石鹸、シャンプーを使ってしまうのだけれど、西表でみさきさんに教えてもらったモロッコの洗える泥はなかなか良いです。


・手ぬぐい

これも何にでも重宝した。3枚くらい持っていた。


・ゴミ、ごみ袋

道端のゴミの多さには、旅に出て初めから終わりの日まで嫌気がさしていたので、なるべく出さないようにしていた。
野菜は皮ごと食べるし、スーパーの袋はもらわず、ごみを捨てるとき、外側のビニール袋は繰り返し使ったり。
個別包装など、ゴミの多いものは買わない。ゴミの出ない生活は、工夫すればできる。


[その他]

・銀マット

寝袋の下に敷く必需品。
ケニアに行く時、買ったのが一番はじめだけれど、今回はバッグに収めたかったため、幅50センチ、長さも170センチくらいに切った。
寝るときだけではなく、外で場所で座るとき(直に座ると、湿気でおしりが濡れること多々あり)、何かものを置く時などいろいろ使える。

アウトドア用品でエアマットが売っているけれど、メリットは小さくなるくらいで、保温性も耐久性も、もちろん安さも銀マット!と思う。


・保温シート

冬の旅の途中、100円ショップで購入。
たぶん、12月の旅で買ったと思うけれど、正確には思い出せない。

寒さ対策で、銀マットの下に敷いていた。
シュラフカバーに手が出ず、とりあえず100円と思って買ったが、効果はそれなり。
小さく折りたためるし、雨のときも敷物で使えるし、悪くない。

ただ、60歳チャリダのウリボウさんより、結露する説あり。
テントの中で、銀マットの下に敷いて使っていた分には、特に問題なし。

テントの下に、ブルーシートを敷く人もいる。
テントの穴あきと、寒さ防止。
かさ張る気もするけれど、シート系は意外と使える。


・ハガキ

西表のぷーらというお店で、八重山のポストカードを購入。
連絡先の交換のときや、友達に出したりと、かなり使えた。

お世話になった土地に、少しでも還元したいと思って、なるべくその土地にまつわるものを買いたいと思うようになった。
はがきは、けっこう使えるし、良いですね。

紙類は、特に雨対策が必須アイテム。
ビニールで覆ってしまう。


・サングラス
と言っても、UVカット加工のだてメガネである。
ほとんどしなかった。
目のことを考えると、したほうが良いのだろうが、旅の間は、余計なものをつけるのがいやで、ヘルメットも、危ないと思った場所でだけだった。


・ブタさん電灯

自家発電できるタイプのもので、北軽井沢で購入。
割と使っていたけれど、蓄電が足りず光らなくなってきて、着脱可の自転車のヘッドライトで電灯の代用をしていた。


・トイレットペーパー

鼻をかんだり、何か拭いたり、使えるのだけれど、途中からそういうことは手ぬぐいでするようになった。
ゴミが出るのがいやだからである。


・ニャティティTシャツ、バッジ、カンガ、ガラ

行き先で予定を合わせて、ライブに出演したり、お世話になったところで踊りを披露したりで使っていた。
カンガは、荷物を包むのにも、ちょっと着るにもよく、しかもオシャレと思ってくれるので、やはりかなり使える。
ビーチクリーン・リアカーで日本一周をする鎌倉の龍さんに、誕生日にあげたけど、使ってくれるだろうか。

バッジには、興味を示す人あり。
西表で会ったチャリダ、スドチン、福井で会ったチャリダ



●後方左側:自転車用品

チャリダとしてどうかと思うけれど、やはり自転車そのものにはあまり興味がわかず、メンテナンスはかなり成績が悪いと思う。


[日常的に使ったもの]

・オイル、雑巾、歯ブラシ

3日に1度はオイルをさす。
村田さんに言われ、さぼったりしながら、そこそこ続ける。
チェーンに歯ブラシを使う技は、くわちゃんから盗みました。


・空気入れ

前半は、米式の空気入れに、仏式の変換バルブをつけて使っていた。
でも使い勝手が悪く、登場回数が多いので、9月からは空気入れを購入。
これはボディにつけていた。


・バッグ用雨カバー

みおちゃんからのアドバイスで、100均で4つ購入。
「自転車前かご用カバー」が、バッグにぴったりサイズ。
雨対策として、内側にもビニル袋を1重入れて、荷物はその中に。
濡れると困るものは、さらに袋に入れて。

このカバーの難点は、視界の悪い雨の日なのに、バッグの反射板が隠れてしまうこと。
なので、カバーに反射板シールなどを貼るとよいと思う。
(結局最後までしなかったけれど)


・自転車カバー

これも100均で。確か原チャ用の大きめの、ペラペラのビニールカバー。
でも、雨宿りできる場所で自転車を置き、テントを張るので、自転車カバーとして使うことは少なかった。
日常的には、雨の中走るとき、荷台のカバーとして使用。


・ヘルメット

北海道で、チャリダに出会ってから、ヘルメットをかぶらなくなった。
真面目に、ヘルメットをかぶっているチャリダは、そんなにいない。
頭も重くなるし、道行く人に挨拶しにくい。
交通量の多い場所、トンネル、雨の日など、条件の悪い時にかぶっていた。
しかも…ケニアチームにメッセージ記入をお願いしたら、かなり怪しい様相のヘルメットになってしまったので、余計にかぶらなくなった。


・反射板つきベスト

ウッドハートの村田さんに言われて、トンネル用に購入。
安全ベスト、工具店で買ったので、工事現場のおっちゃんと、まるきり同じだ。

私はレインラン、ナイトランも多かったので、重宝。
しかし、ベストとヘルメットは条件悪い時のコンビなので、その姿でコンビニなどに入ると「お姉ちゃん、どこで仕事してるの?」と、働いている人と間違われることも多かった。


[使ったもの] 登場回数は少ないが必要だったもの


・パンク修理セット

100均&ウッドハートで1度購入。
パンクの回数は、だいたい10、多くても15回程度だったと思う。


・チューブ(スペア)2本


・ブレーキシュー(スペア)

はじめの2回くらいは自転車屋さんで交換してもらった(ブレーキシュー代しかとらない、というので。自転車屋さんは、人がいい人ばかりなので、儲からない)
けれど、あとはだいたい自分で交換した。


・ブレーキ、シフトワイヤー(スペア)

シフトワイヤーが1度切れて困ったが、あとは持ちこたえたと思う。
ウッドハートの村田さんからもらったのだけれど、他のチャリダにあげた数のほうが多かったかもしれない。


・乾電池(バックライト用)


・サスペンション用の空気入れ

旅中は一度もメンテナンスせず。
途中帰ってきたときに、1度充てんした。
あまり長い旅にならないなら、持って行かなくてもすむかも。


・トーピークの折りたためる工具キット?


・プラスドライバー

折りたたみ式は狭い所に入りにくいので、1本あると便利。


・ガムテープ

パンク時等の応急処置用だけれど、ほとんど使わなかった。


[全然使わなかったもの]

・GIANTの説明書

・麻ひも

・白のビニルテープ


[あったらいいもの]

・電源の延長コード

キャンプ時の携帯の充電は、道の駅などで盗電していた。
しかし、電源はあるのだが、雨よけのカバーがあるため口が狭く、携帯の充電器が入らないことが多かった。
100均に行くたび、買い忘れたり、悩んだりして、結局持たなかったが、延長コードはあると便利だと思う。
posted by かわら at 09:52| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いのちのたべかた

グロテスクな夢をみた。

本当に、私のみる夢って脈絡がわからないけど、
私は古代生活をしている(目指している?)コミュニティにいて、
そこのリーダー格の青年が、昔は犬を、食用にどう絞めていたかを実演する。

それが、知り合いから許可を得てもらってきた首輪のついた柴犬で、
殺し方も、ゆっくりだんだんと、なのだ。
あんまり詳しく書きたくないから以上。
残酷さは、夢だし、空想もあり、でも事実でもあると思う。
猫が、食べもしない虫をいたぶるような。
私はふるえて怒ったけれど、そういう過去も通って今がある。


明日、東京平和映画祭に行ってくる。
アースデイ北海道のトシさんが教えてくれたのだけど、7月18から20日まで代々木でやってます。
その明日の1本目が、いのちのたべかた、なのだ。
今年、ミニシアターで上映していたらしく、たしか本郷さんも観にいった感想をブログに書いていた。
朝いちばんからは、しんどいかなと思っていたけど、やはり観に行くか。
posted by かわら at 04:10| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月10日

世界の話

郡山に戻ってから、気になってようやく読み始めた本がある。

ソフィーの世界。

これは父から、ちょうど本の主人公のソフィーと同じ15歳くらいのときにもらった。
(ということは、今から10年以上前だ。)

当時は、果たして最後まで読んだのか定かじゃない。
結末をぼんやり覚えているような…しかしほんとにあれは、この本のシーンだっけ?

今はまだ7分の1くらいだけど、ソフィーの一人称については、けっこうよく覚えている。
けっこう、私も好きな不思議なお話しなのだ。
でも、お話しのもう一つの筋、哲学講座はほとんど覚えてない。
今でもついていくのがたいへん。
ようやく読めるトシになったのだ。

おかげで、なんだか脳みそがひっくり返るような感じ。

だって、この本で語られている、合理主義とか、
このところの私は、人間が頭をひねってこねくりだしたロジックとかそういうものから、なるべく離れようとしていたのだ。
鈍くなってしまった感覚を起こして活動の源にしようと、もっと言えば、感覚に溺れようとしていた。

だから、それこそどうでも良いと思っていたことを、さぁ、考えてごらん、と言うのだ。
もちろん、もうどうでも良いとは思えない。
彼の言う合理主義や理性は、私の捉えていたことと、表すものが違うのだろう。
哲学の先にあるものも、農業の先にあるものも、きっと同じ何かがある。

なんだ、この世界の中心には何があるんだ?


この前、ありさと話していて、私は、この世界には、人間が少しずつ便利になろうとしていろんなものを上に重ねてきて、「今」は、その一番外側にある、と話した。
中にあるものが覆われてしまって、そのことに気がついて、違和感をおぼえる人がいるのではないか、と。

そして、ありさが、世界の中で、彼女の今いる位置を教えてくれ、マクロとミクロの話をした。

私たちが、若いうちから、いきなりマクロの仕事もできるように、先人たち、ご先祖さまは、いっしょうけんめいに今の社会を築いてくれたんだ。
そして私は、世界の一番外側で、大きなものを動かせる仕事を任されようとしていた。
ものすごくありがたいことだ。
でも、地面はいったいどうなっているのか?
実感をして、自分が立っていることを、場所を確認したかった。
だから、私は、一番外側から降りてきた。

世界の中心にむかって、種を植えるために歩きだした。
たぶん、そういうことなんだ。
posted by かわら at 18:29| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月30日

961*

961=クロイ。後輩のバンドより。

五味太郎のかいた、ことわざ絵本ってのがある。
第1作目とパート2があるんだけど、子供のころ、この本が好きで、持ち歩いていた私は、第1作目をどこかになくしてしまい、今、家にはパート2しかない。

あとがきに、ことわざは、真実でも教訓でもなく、日々の感想を言葉であらわしたものだ、というようなことが書いてあった。
なるほど。

私も、日々いろんな感想や気づき、思いつきがあって、このブログにはそういうことを忘れないうちにちらっとメモしたいなぁと思っているのだ。
あとから読み返すと、よくこんなこと考えたもんだなあってことを書いてるから、役割としては個人的ことわざに近いと思う。

ってほんとに、ひとり言のたまり場になっているブログを、読んでくれてる人もいるし、そもそも書いている自分が読ませていることになるんだから、こんなのほんとに変な世界だけど!

まぁ今のところ、あぁブログに書きたいと思ったことだけ書いてるから、大丈夫だとは思う。たぶん。

さて、前置きがながくなったけど、書きたかったのは、黒いものについて。

でもなんだか疲れたので、この続きは次回。
posted by かわら at 17:51| Comment(2) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月29日

ペットボトルキャップ

まこっちゃんから教えてもらった「ペットボトルキャップ400個でワクチン1つ買える」話。
キャップをプラゴミに捨てようとするたびに気になってしまっていた。

今、ウェブでちょっと調べてみて、なんとなくわかったので、始めてみようと思う。
400個、かなり簡単に集まりそうな気もするけど、どういう数字なんだろう。

これを藤沢の純・大学生(あくまで私のイメージ)のまこっちゃんが言ってたってのが、なんとなく私の中では大きいかもな。
一緒に夢をかなえたいじゃん、みたいな。
夢って大げさだけど、ニュアンスとしてはそんな感じです。
posted by かわら at 12:34| Comment(2) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

日記を書く

郡山にむかうバスの中。
東京を離れて、ようやく気持ちが落ち着いてきたような気がしてくる。

全然書いてなかった4月の旅の日記でも書こうか。
もうすでに日記じゃないし、なんていうか、もう全然、日記を書くのは得意じゃない。
できて、何か思いついたときの覚え書きだ。

まぁそれはいいとして、今の今までは、何かしようなんて気持ちに全然ならなかった。
しなければならないこととか、雑念に占領されて、これがしたい、が自分から出て来ない。

私にとっての東京は、いるだけで、与えられるもの、入ってくるものが多すぎて、まいってしまう場所。
もちろん、私個人にとっての感覚で、これが正しいとか間違ってるとかではないよ。

今まで10年、東京にいて、アレルギー物質が蓄積されて花粉症になるみたいに、私はだんだん、飽和していったみたいだ。
初めの頃というか、つい3年前くらいまでは、東京、楽しかったもの。

10年たって、ようやく離れるときが来たのかもしれない。
まだ、全然実感がわかないけれど。

脱出した!って感じあるなぁ。
田舎にむかうにつれて、身体が喜んでいるよ。
場所って意外と大きいねぇ。
posted by かわら at 16:34| Comment(2) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

命の行く先

公演があって姫路に来ている。

土山インターで高速バスの休憩。
重ための曇り空だけど、夜が明け始めてる。

ふっ、と身体が気持ち良くなる。

思わず、周りを見渡す。
空気が違う。
山に囲まれた場所。
やっぱり、違うんだ。

こういう場所を、残していかなきゃ。
次の世代にも。


+りょう。くんの家に行った。
ケニア大使館パーティの残り物を、お土産に持って行く。
ウガリとラム肉と、さつまいもの天ぷら。

ラム肉は、初めてとのこと。
レンジで温まったお皿を持って、
うわぁ、大丈夫かな、この匂い…

ウガリもお肉も、ケニアスタイルで手で食べ始める私に続き、りょうくんも手で食べる。

美味しい。なんか、命をもらってる感じがしますね。

りょうくんの第一声にびっくりしてしまった。

初ケニアで、目の前でさばいた山羊を焼肉にしていただいたとき、ようやく私はその感想に至った。

りょうくんの感受性にまいる。
さすが、ウタウタイだなぁ。


出来る限り、美しいこの地球(ほし)を君に手渡したい
君のときも、そう出来るといいな

まわるよ、まわるよ。
命はまわるよ。
僕のすぐそばで、明日へむかい。

BEGINの歌。

弱気になるときは、思い出して
全ては、まわるよ、同じ方向へ。
posted by かわら at 08:13| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月12日

あぁ〜

YOSAKOIニャティティソーランから帰ってきました。
次は、いよいよ与那国にむかう旅が始まります。

ニャティティはもう、好きとか嫌いとかじゃなくて、身体がそれでできている。
そんな感じです。
ステージ映像を見ると、もー本当にまだまだだな、もっとうまくならにゃと思う。

5月17日、旅から帰ってから、ずっと、札幌、東京、神戸など、緑も空もなく、移動も電車か車がほとんどだった。
5月18日以来、6月10日まで、月を見れなかった。
ただでさえボロボロの身体で、動き続け、充電をほとんどしなかったので、6月に入って強制終了、よさこい直前の4日間動けませんでした。

何もできない。どうしよう。

とにかく、踊ろう。本番で踊ること、それだけに集中しよう。
極限状態になっても、しがみついていたダンス。
ダンサーとしての意識がものすごく高まっていたことに気付きました。

食べれないし、眠れないけど、踊ることはできた。
そして、自分でも驚くほど、踊ることで回復しました。

ケニアの高校生たち、12人が全員来た。
みんな可愛くって、ケニアにある文化を、そのまま体現、証明するような踊りっぷり。

わけわかんないぞ!すごいぞ!!

彼らの滞在する1週間、長いなぁ、耐えられるかなぁ、なんて最初は思ったけど、

ほんとにあっという間だし、超楽しかった。
なんだこれ!ってくらい。

自分が抜けたらほかにできる人いないし、これは仕事だな、って思うこともあったけど、
終わってみたら、全然仕事なんかじゃなかったと思う。
僕の人生、そのものだ。

よかったよ、ほんとに。


6月10日、最後の夜。
旗の台で、打ち上げが終わって、空を見たら、月。

ねぇ、見て!ブランブルとローズに言う。
2人とも、月を見て、すごくうれしそうに笑った。

高校生たちと手をつないで、夜の道を歩いて帰る。
みんなで、ひそひそ声で、歌を歌って。
あぁ〜、幸せだな。


世界は、たくさんの力が合わさって、大きく動いている。
私は、その1つの力。
そう、いつでも、その1歩から。
これからも。
posted by かわら at 16:22| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

帰ってきたよ

5月17日の早朝、徳島からのフェリーが有明に到着。
最後のこのときが、一番危ない。
慎重に、慎重に、焦らず、焦らず、水道まで。
無事、家に到着。

SN390193.jpg



その日のうちに、今度は札幌へ飛行機で。
これから6月11日までは、毎日、朝から夜中まで、予定がびっちりだ。
心のざわめきは抑えながらも、楽しい1日1日。

またブログも整えて、お世話になった人たちにも、少しずつでもお手紙を書いて送っていこう。


「達成感はありましたか?」
慶太くんから。

なるほど、達成感か。
身体の奥底から、どっしりとある。
とても心地いいこれを、達成感と呼んでいいのかも。

さてしかし、まだまだ旅は続いているのだ。
なぜって、毎日が旅だから。

「留まっているのも旅だ、なんて、上からの視点で言うなよ。
人生そのものが旅なんだから!」
角さんの言葉、ずばりその通り。

勝利さんが言っていた。
「旅には3つの種類がある。tour、trip、journey。」
人生はまさに、journey。
私はその中にいる。
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2008年05月16日

誓い

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朝、近藤さんちでいただいた、わかめの茎の佃煮のようなもの。
佃煮と言っても、あっさりしている。
こういうお家の味が、本当に一番おいしい。


阿南から、徳島へ。
フェリーに乗り込む。


この旅最後の夕焼けを見て、船のうえ、誓いをたてる。

しなやかな身体で、希望をもって、仲間とともに、幸せを求めて生きること。

地球、自然からのメッセージをうけとって。

何か大きなものに立ち向かう気がして、胸が苦しくなった。
地球の悲鳴が聞こえるようで、悲しくなった。
でも、宇宙からしたら、地球の、ぼくのすることといったら、
スリゴマの粒みたいなもんだ。

そう思ったら、そう、思う存分、幸せを追い求めたらいい。

何かは生まれたら、いつかの死にむかっていく。
地球だって、生まれたのだから、滅びるほうこうにむかっている。
私も、一緒に。
悲しくなることなんて、何もなくて、希望に溢れた、死にむかう刻一刻なんだ。


永遠なんて、どこにもないし、どこにだってある。
みんなつながっていくんだから。
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2008年05月15日

阿南の近藤さん

高知を出て、今日は明日の徳島発のフェリーに向けて、徳島方面へ進む。

室戸も行きたかったけれど、やはり道が長いので、内陸を行くことに。

SN390188.jpg

途中の川。


長距離ランは今日が最後。
ちんたら走って、まぁ22時くらいに、徳島に近い道の駅へ行ければいいかなぁ。

疲れがたまって、動きにくくなってきた夕刻。
軽トラのおっちゃんに声をかけられる。
返事をしたら、驚かれた。
何やら、私のことを男と勘違いしたらしい。

どこまで行くんだ?と聞かれ、徳島方面と答えると、送って行ってくれる、という。
うーん、じゃ、お願いしようかな。
自分でも、あっさりしすぎと思うくらい、すんなりと甘えてしまった。

お四国さんまわりの人も、宿に間に合わなそうなところを、たまにこうして乗せて運んであげるそうだ。
道の駅で野宿する予定を言うと、何やら電話をし始めた。
家への電話で、私を泊めてくれる、という。
あらららら、いきなり、だけど、悪いおっちゃんにも見えないし、お言葉に甘えよう。


しかし、お家に着くと、奥さんからお叱りを受けてしまった。
「あんたこの人が貧乏な極悪人だったらどうするの?!」
いきなり知らない人の車に乗ってのこのこと家に泊まりに来ては危ない、はい、ごもっともです。
「したらあかんって」と、心配してずいぶんしきりに言われてしまった。

もう、明日は船に乗って帰るだけ。
車で拾われて、その日のうちにいきなり泊まるなんてことは、この旅で最初で、最後のこととなった。

お母さん、言い口はきついけれど、本当に正直でいい人なんだ。
旅の最後、貴重な一晩をいただいた。
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あと3日

今日入れて、あと3日で自転車日本一周も終わり。

4月に再開し、カウントダウンをはじめてからは、一年前を思い返すことが多かった。
4月の西日本が、5月の東北、6月の北海道と似た陽気、似た植生なので、余計にそうだろう。

旅で出会った人、それに限らず、今までお世話になった人たちに、報告をしたい気持ち。
気持ちだけじゃなく、実際連絡をとりたいんだけど、この旅をしているとなかなか思うように時間が作れない。
毎日、今日こそはと意気込むのだけれど、期限つきの、爆走旅をしているから、その時点で大健闘だし、できない自分は責めない。


●和菓子についての考察

和菓子好きの慶太くん。
店に入るたび、甘味チェックを欠かさない彼を茶化していたけれど、チャリダと和菓子には利にかなった組み合わせだと最近思った。
そもそも、最近、走る距離が長く、疲れるし時間もないし、自炊をかなりサボっている。
荷物の半分は自炊道具と食料品。
何のために重い思いをしてこいでるんだか。

まぁそれはそれとして、買い食いをよくするんだけれど、和菓子はなかなか優れものだ。
甘いだけじゃない、カロリーもとれるし、洋菓子に比べ、和菓子は格段に重量感があり、腹もちもよい。
まさにチャリダむき。
すごいぞ、和菓子!


ブログの更新も、ぼちぼちやります。
旅が先に終わってしまうけれど!


今日も楽しんでますよ〜!
夏が始まっています!
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2008年05月14日

剣山、高知。

剣山へ登る。
嵐があがって、晴天だ。

剣山の頂上へは、国道から2時間かからないくらい。
登山口まで進む。

霧が朝日に照らされてキラキラ光りながらふわ〜っと空へ広がっていく。
もんのすごーーーく、気持ち良い。
思わずゲレゲレをしてしまった。

剣山は、上のほうに雪が積もっていた。
これは予想外。さすがにランニングシューズでは滑る。
でも焦らずに、氷をよけて土の部分を選びながら登る。

山頂の小屋に到着し、少し休ませてもらう。
宿の人が3人いた。泊りこみでいるようだが、やはり昨晩は大変だったようだ。
すごい雷で、ブレーカーはふっとび、窓のサッシにビリビリと電気が走ったそうだ。
火事にならなくて、良かったなぁ!

雹が降ったせいで、白くなっているそうだ。
日本一周の話をして、お互いに写真を撮った。

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剣山の山小屋のみなさん。

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登りましたよ。


下山したら、散歩中の上藤夫婦に遭遇。
写真を撮る。
「足を長く加工しておいてな」
まったく、面白いご夫婦だ。
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高知へ行く。

大歩危小歩危を過ぎて、走っているとバイクに乗ってちらちらと意味ありげに後ろを振り向かれる。
何だろうと思っていると、左側に寄せてとまった。

若い男性で、森田くんと言った。

和歌山のゆい君、住さんが紹介してくれた高知のご夫婦、そして彼。
この4日間で3人もの「モリタさん」に会った。
なんの因果でしょうか。


高知のモリタさんのお家には、19:30頃到着した。
思っていたよりずっと老夫婦で、驚いた。
お酒が好きと聞いていたので、剛さんからもらった与那国の焼酎の小瓶をお土産に渡した。

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森田さん。

しかし、私も飲まされる飲まされる。
カツオの季節が始まっているらしく、ご馳走になる。
最高の至福。

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森田さんご夫婦。
直接お世話になったお家の中では、一番年配になるのではないでしょうか。

陽気なご夫婦、住さんが言うように、素敵な人たちだ。
スッパリとした明るさがある。

お四国のお遍路さんのご縁。
森田さんは、えもんさぶろうの話を教えてくれた。
posted by かわら at 22:27| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜中の目覚め(5月14日未明)

なんだか意味深なタイトルだが他意はない。
単に「夜中に目が覚めること」だ。

今日は剣山。日数にして約半年、日本一周旅も残すところあと3日。

尾瀬以来の山へ続くグネグネ道。
シトシト、ときにザーっとふる雨の中。
私のほったらかし(愛情不足)により、チェーンがゆるゆるで、ローギアが全然きかない。
面倒臭がって、雨対策もせず、全身ぐしょぬれ。
足腰肩を覆う、筋肉痛疲労。
日本の旅としては、末期に近い状況。

まだまだ、洗い流すものはたくさんあるなぁ。

貞光から剣山までの40キロ。
頭では脈絡のない妄想が次から次にめぐっていた。

残り18キロ。
10:00頃からパラついていた雨はしだいに本格化し、坂もヘアピンカーブが1キロごとに出現。
山らしい様相に。

初めて臨んだ笹子峠の楽しさ、
どんどん登って山と空しかなくなった尾瀬、
濃霧の知床、
暮れる中ずっと自転車を押して登った浅間山、
シトシト降りの12月の屋久島…
いろんな峠の山道を思い出していた。


鹿児島から福知山まで、150〜200キロ以上を走り続けた毎日。
辛いと感じる瞬間は、幾度となくあった。
けれど、全て楽しく過ごしている。

「よくやるよ。」おもいっきり自己感心。

最近、これでもかというくらい、自分の底力を見せつけられている。
これからもきっとそんな日を続けたい。
(そのために休息が必要なんだけれど)


今日も助けられてしまった。
ラフォーレつるぎ山の上藤(かみふじ)さん。

レストラン閉店の14:30間際に駆け込んだのが幸い。
ずぶぬれの所、着替えさせてもらい、閉店時刻すぎてからもランチを作ってくれた。

それだけでもありがたかったのに、宿のコタツで泊めてくれることに。

旅や山や、家族の、他愛もない世間話も、元気なご夫婦と弾んで話し、夕飯までごちそうになった。

SN390182.jpg

青豆腐。木綿なのかと思うけれど、さらにしっかり固い。
あまい味噌だれ。うまい。


旅人でも、お金持ちでもない。
いわゆる「普通の家」に、助けられることがすごく多かった。
しかし普通ではない、当たり前ではない、温かい日本の人たちであることが、今ではすごくよくわかる。

なぜなら私もその一員だから。

人生は全て旅。
だからいわゆる「旅」に人生はささげないし、お金稼ぎに身を投じることもしない。
ただ、土に足をつけて、宇宙の幸福のために、私の役割を果たすだけでいい。


夜中に目を覚ますと、剣山にひっきりなしに雷が降り注いでいた。
宿は停電と復帰を繰り返していたが、ちょうどカミナリが終わるころ、とうとう元(送電線?)が切れたのか、全ての電気が落ちた。

良ちゃんの原稿を読んでしばらく悶々とした後、トイレに立とうとした。
夜は夜のまま、と暗がりを好み、慣れているとナメていたが、いざ立とうとしたら、本当に何も見えなかった。
携帯の電池も切れ、光源が何もない。

トイレを我慢しようかと思ったが、窓の外に目をやると、なんと星空。
遠く山際ではまだ雷が時折落ち、閃光をあげている。

外に出て見たい。

こういう好奇心がひょっこり現れて、実現にむけて動いてしまうあたりが、自転車旅に踏み切れた自分の元にあるのだろう。
思わずニンマリ。

目が慣れる余地もない、自分の手の輪郭すら見えない暗がり。
這いつくばって、手探りで玄関まで行く。

何しろ、何より明るいのが夜空なのだ。
月は沈み、まだ残るうす雲の間から、星だけが自らの瞬きを地球に浴びせていた。

キラキラと潔い、冷たくて温かい、まさにこれぞ星の光。
宇宙の無数の星たちを見ながら、星座と物語を作った太古の人々に想いを馳せた。
やはり時折、雷が遠くの山並みを映しだしていた。

夜中に目覚め、トイレに行くと、こんなご褒美が待っている。
ついついペンを走らせてしまった。
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2008年05月12日

再び四国へ

関西ダンスクラスには、ゆい君も一緒に来てくれた。
ゆい君には、なんだかいろいろと正直に話したくなる。
彼が、正直に生きているからだろう。

応援したい、という意味で、気になる存在がまたできた。

住さんの家では2泊お世話になり、和歌山の港から、徳島へ。

徳島では、鳴門を経由して香川県に。
香川に入る一番大きな目的は、さぬきうどん!
よっぽど食べたかったので、東かがわに入ってすぐ、うどん屋に入って食べる。
太麺だったけれど、全体的に美味しい。

今回、四国に来たのは、剣山に登るのが一つの大きな目的だった。
なんと、香川県はこのうどんでおしまいで、すぐに徳島の阿波に戻り、剣山をめざす。

途中、やはりお遍路さんへのお接待をする方々から、ありがたい差し入れやアドバイスをいただく。

SN390181.jpg

香川に入る直前で、軽トラのおじちゃんがくれた「とりいれ」。
かまぼことはんぺんのあいのこ?魚のねりもので生っぽい。
ちょうどよい塩加減でおいしい。
本当は真ん丸ですが、私が食べたのでこの形。
SN390180.jpg



しかし、お遍路道と、そうでない場所は、やはり少し温度差があるみたいだった。

貞光の道の駅で野宿。
なんだか、少し怪しい雰囲気が漂っていた。


SN390179.jpg

人面虫(じんめんむし)。
四国に入ってから、わりと長くお供をしてくれた。
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2008年05月10日

浄土寺、住さん、ゆいくん

浄土寺への行き方は住さんから教えてもらっていたが、いまいち、どこを曲がればよいのかわからなくなり、スクーターに乗った配達中のおっちゃんに道を聞く。
そこからだと、説明するのが難しい場所だったらしく、配達中だっただろうに、親切にも浄土寺の下まで道案内をしてくれた。

ちょっとドキドキしながら、お寺を訪ねる。
「ごめんくださーい」
出てきた人は、住さんではなかった。
熊野本宮で先日ここの住職さんにお会いして…と話し始めると「ここは違うよ。浄土寺は隣や!」と教えてくれた。
おほほほ、間違えてしまった。

気を取り直して、隣のお寺へ。
広いお寺さんで、お地蔵さんがたくさんならんでいる。
玄関はここなのだろうか?

とにかく、こう言うときは元気なのが良い、と思っている。
こんにちはー!というと、住さんの奥さんが出てきた。

お寺に入るには、正面の階段があるのだが、自転車は裏道から通る道があり、ゆい君が案内してくれた。
ゆい君は同い年か一つ違いで、お父さんが住さんの古い友人らしく、修行に来ているということだった。


ゆい君は、素敵な青年で、住さんはずいぶん厳しく鍛えているようだったけれど、素敵な関係だった。

熊野には、あなたに会うために行ったようなもんだった。
そう言い切る住さん。
切れ味がよいが、温かい。

つくづく、私は恵まれていると思う。
もちろん特別に、とは思わない。
与えられたものを、受け止められる自分でいたいと思う。
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SN390178.jpg

大塔(おおとう)で与那国以来の雨。
昨日は、今朝の高野山のお経を聞こうと、この吉野路大塔の道の駅まで。
一つ前の十津川の道の駅から、40キロ弱。
半分ほどのところで、意識がもうろうとしてきてからは、まさに執念の移動だった。

当然(?)、次の日の高野山のことなど、どうでもよくなってきて、
生きてりゃいつか見に行ける、と、諦めた。

そんな昨日もあったおかげで、夜中から雨が降りはじめ、高野山行きを、あっさり完全にキャンセル。


冷たい雨だ。
重たい雲が、濃い霧になって山にたちこめている。

道の駅が開くのを待って、お店の人に天気を聞くと、明日までこの調子ということ。

ずっと雨なしだったから、恵みの雨なんだよね。
私も、ようやくクールダウン。
浄化の雨だ。


奮発して、道の駅のレストランで500円の牛丼。
なかなか満足。
食べたらだいぶ、温まって落ち着いた。

さて、走るか。
今日は、昨日、熊野本宮の道の駅で知り合った、和歌山、海南、浄土寺の住職さんのところへ。
posted by かわら at 06:19| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月09日

熊野川十津川

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朝、新宮をお参り。

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熊野川沿いを登る。
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なかなか素敵なコースだった。
国道の向かいにある、三重県側の県道は、細くて車通りもなく、自転車に最適の道だった。
国道を行くより三倍くらい楽しんだと思う。

本宮到着。このへんで少しだけでも熊野古道を歩けないかしら。
しかし休んでいると、元気の良いお母さん方にたくさん声をかけてもらう。
ひとまずお参りしていると、バイクで旅するたびぞうさんと会う。
この人、歩さんの日本一周をずっと応援し、亀岡の道の駅で歩さんのお出迎えを企画した人だった。

面白い出会いがあるもんだ。
目はり寿司をごちそうになり、写真も撮ってもらった。

めはりずし.jpg

たびぞうさんと目はり寿司。
たびぞうさんから聞いたが、目はり寿司は、高菜に包まれたおにぎりで、大きく、目をまん丸くしながら食べる、ということでその名前がついたという話。
もうで餅.jpg

こちらは「もうで餅」。食後のデザートまでご馳走になってしまった。


SN390177.jpg

本宮は、熊野川の氾濫のため移動したらしい。
これは、昔の本宮があったときの階段だと、おっちゃんが教えてくれた。


そして、さらに、熊野古道ほんぐうの道の駅で休憩中、和歌山から来た住職さん、住さんに声をかけられる。
和歌山に着く頃、また関西ダンスクラスがあり、どこかに自転車を置いて電車で行こうと思っている、と言うと、うちに来たら、と言ってくれた。
不思議なご夫婦だったが、好意に甘えさせていただくことにした。
海南の浄土寺は、なぜか私の地図にも載っていた。


熊野川沿いから、今度は十津川沿いへ。
高野山に行きたいと思っていた。
えっちらおっちら、登りの山間コース。


十津川郷の道の駅に、足湯があったので少し休憩。

バイク雑誌の取材で、大阪から来ていた人たちと話していたら、取材されてしまった。
なかなか面白い。

他にも、旅行で来ていたご夫婦&わんころにも声をかけられる。


そこから吉野までが、たいへんな道のりだった。
グネグネと山道が続く。

途中でバナナカステラが捨ててあり、袋は開いていたが4つくらいそのまま残っていた。
食糧も少なくなっており、拾い食い。

しばらくすると、妙にふらふらして、力が抜けてきた。
考えすぎかもしれないが、バナナカステラには何か変な薬物でも入っていたのだろうか。
それとも、単なる疲労なのか。

まぁ、食べてしまったものはしかたないし、どんどん寒くなるし、今はなんとか進むしかなさそうだ。

あと20キロ、あと10キロ、あと5キロ。
空しい尻たたきのカウントダウン。

ラスト2キロで、急な上り坂が待っていた。
ペダルのこぐ数を数えて、気を紛らわそうとしたが、600近くになったときが、もう限界だった。
自転車を降りて、ひきながら歩き出す。

吉野路大塔は、思っていたより陰湿な感じの道の駅だった。
でも、屋根もあるし、テントを張って眠った。
明日の高野山はもう半分以上諦めていた。
posted by かわら at 22:05| Comment(0) | 日本の自然を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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